万葉集の七夕の和歌は、関連の和歌を含めて130首以上あると言われています。
そのうち主に巻第10「秋の雑歌」に98首あるものが代表的な七夕歌とされています。
万葉集の七夕の和歌についてまとめます。
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万葉集にある七夕の歌
七夕伝説というのは中国から伝わったもので、ひじょうに古く、万葉集の時代から七夕の歌が詠まれています。
万葉集の七夕の歌をご紹介していきます。
この後の近代短歌と現代短歌の七夕の歌は下の記事に
七夕の短歌 近代から現代短歌
万葉集の七夕歌 柿本人麻呂作
万葉集の七夕歌のうち、そのうち前半は柿本人麻呂歌集にあるものです。
この歌集には、人麻呂作とそうでないものが混在して収められていますが、その中から、まず、柿本人麻呂作の七夕歌として確定できるものをご紹介します。
人麻呂作との確定は斎藤茂吉の説に基づきますが、茂吉がこれらを人麻呂作と考えたのは、他の歌に比べてすぐれた点があるためだと思います。
その指摘は茂吉のメモに拠るものです。
意味:
頬の赤い寝良げな織女星を幾度も見ると、人妻なのに私は恋をしそうだ
意味:
天の川の安の渡し場に船を浮かべて秋が来るのを待っていると妻に告げてほしい
意味:
天の川の水影草が秋風になびくのを見ると、その時は来たのだ
意味:
私が待っていた秋萩が咲いた。今すぐにでも色に染まりに行きたい。向こう岸の人に
意味:
千万年も照るはずの月も雲に隠れるように会えずに苦しいものだ 会いたく思うのに
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柿本人麻呂の万葉集の和歌代表作一覧
「柿本人麻呂歌集」の七夕歌全首
万葉集の中の「柿本人麻呂歌集」の七夕歌の全首は下の通りです。
巻10巻の 秋の雑歌(くさぐさのうた)
七夕(なぬかのよ)
というのがタイトルです。
1996 天の川水底さへにひかる舟泊てし舟人妹と見えきや
1997 久かたの天の川原(がはら)にぬえ鳥のうら歎(な)げましつ乏(とも)しきまでに
1998 吾(あ)が恋を嬬(つま)は知れるを行く舟の過ぎて来(く)べしや言も告げなく
1999 赤らびく敷妙(しきたへ)の子をしば見れば人妻ゆゑに吾(あれ)恋ひぬべし
2000 天の川安の渡りに船浮けて吾(あ)が立ち待つと妹に告げこそ
2001 大空(おほそら)よ通ふ吾(あれ)すら汝(な)がゆゑに天の川道(がはぢ)をなづみてぞ来し
2002 八千戈(やちほこ)の神の御代より乏し妻人知りにけり継ぎてし思(も)へば
2003 吾(あ)が恋ふる丹穂(にのほ)の面(おもわ)今宵もか天の川原に石枕(いそまくら)まかむ
2004 己が夫(つま)ともしむ子らは泊てむ津の荒磯(ありそ)巻きて寝(ぬ)君待ちかてに
2005 天地(あめつち)と別れし時よ己が妻しかぞ手にある秋待つ吾(あれ)は
2006 彦星は嘆かす妻に言だにも告げにぞ来つる見れば苦しみ
2007 久かたの天(あま)つしるしと水無川(みなしがは)隔てて置きし神代し恨めし
2008 ぬば玉の夜霧隠(こも)りて遠くとも妹が伝言(つてごと)早く告げこそ
2009 汝が恋ふる妹の命(みこと)は飽くまでに袖振る見えつ雲隠るまで
2010 夕星(ゆふづつ)の通ふ天道(あまぢ)をいつまでか仰ぎて待たむ月人壮士(つきひとをとこ)
2011 天の川い向ひ立ちて恋ひむよは言だに告げむ妻寄すまでは
2012 白玉の五百(いほ)つ集ひを解きも見ず吾(あ)は在りかたぬ逢はむ日待つに
2013 天の川水陰草(みこもりくさ)の秋風に靡かふ見れば時来たるらし
2014 吾(あ)が待ちし秋萩咲きぬ今だにもにほひに行かな彼方人(をちかたひと)に
2015 我が背子にうら恋ひ居れば天の川夜船榜ぎ響む楫の音(と)聞こゆ
2016 ま日(け)長く恋ふる心よ秋風に妹が音聞こゆ紐解きまけな
2017 恋ひしくは日長きものを今だにも乏しむべしや逢ふべき夜だに
2018 天の川去年の渡りで移ろへば川瀬を踏むに夜ぞ更けにける
2019 古よあげてし服(はた)を顧みず天の川津(かはづ)に年ぞ経にける
2020 天の川夜船を榜ぎて明けぬとも逢はむと思(も)ふ夜袖交(か)へずあらめや
2021 遠妻と手枕交はし寝たる夜は鶏が音(ね)な鳴き明けば明くとも
2022 相見まく飽き足らねどもいなのめの明けゆきにけり舟出せむ妹
2023 さ寝そめていくだもあらねば白妙の帯乞ふべしや恋も尽きねば
2024 万代にたづさはり居て相見とも思ひ過ぐべき恋ならなくに
2025 万代に照るべき月も雲隠り苦しきものぞ逢はむと思へど
2026 白雲の五百重(いほへ)隠(かく)りて遠けども宵さらず見む妹があたりは
2027 吾(あ)が為と織女(たなばたつめ)のその屋戸に織れる白布(しろたへ)縫ひてけむかも
2028 君に逢はず久しき時よ織る服(はた)の白妙衣垢付くまでに
2029 天の川楫の音(と)聞こゆ彦星(ひこほし)と織女(たなばたつめ)と今宵逢ふらしも
2030 秋されば川霧立てる天の川川に向き居て恋ふる夜ぞ多き
2031 よしゑやし直(ただ)ならずともぬえ鳥のうら嘆(な)げ居ると告げむ子もがも
2032 一年(ひととせ)に七日の夜のみ逢ふ人の恋も尽きねばさ夜ぞ明けにける
2033 天の川安の川原に定まりて神の競(つど)ひは禁(い)む時無きを
それ以外の七夕歌
上記以外の七夕歌の続きです。
2034 織女(たなばた)の五百機(いほはた)立てて織る布の和布(にきたへ)衣誰か取り見む
2035 年にありて今か巻くらむぬば玉の夜霧隠(がく)りに遠妻の手を
2036 吾(あ)が待ちし秋は来たりぬ妹と吾(あれ)何事あれそ紐解かざらむ
2037 年の恋今宵尽して明日よりは常のごとくや吾(あ)が恋ひ居らむ
2038 逢はなくは日長きものを天の川隔ててまたや吾(あ)が恋ひ居らむ
2039 恋しけく日長きものを逢ふべかる宵だに君が来まさざるらむ
2040 彦星と織女(たなばたつめ)と今宵逢ふ天の川門に波立つなゆめ
2041 秋風の吹き漂はす白雲は織女の天つ領巾(ひれ)かも
2042 しばしばも相見ぬ君を天の川舟出早せよ夜の更けぬあひだ
2043 秋風の清(さや)けき夕へ天の川舟榜ぎ渡る月人壮士(つきひとをとこ)
2044 天の川霧立ちわたり彦星の楫の音聞こゆ夜の更けゆけば
2045 君が舟今榜ぎ来らし天の川霧立ち渡るこの川の瀬に
2046 秋風に川波立ちぬしましくは八十(やそ)の舟津にみ舟留めよ
2047 天の川川音(かはと)さやけし彦星の速榜ぐ舟の波のさわきか
2048 天の川川門(かはと)に立ちて吾(あ)が恋ひし君来ますなり紐解き待たむ
2049 天の川川門に居りて年月を恋ひ来(こ)し君に今宵会へるかも
2050 明日よりは吾(あ)が玉床を打ち払ひ君とい寝ずて独りかも寝む
2051 天の原さしてや射ると白真弓引きて隠せる月人壮士
2052 この夕へ降りくる雨は彦星の早榜ぐ舟の櫂の散りかも
2053 天の川八十瀬霧(きら)へり彦星の時待つ船は今し榜ぐらし
2054 風吹きて川波立ちぬ引船に渡りも来ませ夜の更けぬ間に
2055 天の川遠き渡りは無けれども君が舟出は年にこそ待て
2056 天の川打橋渡せ妹が家道やまず通はむ時待たずとも
2057 月重ね吾(あ)が思(も)ふ妹に会へる夜は今し七夜を継ぎこせぬかも
2058 年に装ふ吾(あ)が舟榜がむ天の川風は吹くとも波立つなゆめ
2059 天の川波は立つとも吾(あ)が舟はいざ榜ぎ出でむ夜の更けぬ間に
2060 ただ今宵逢ひたる子らに言問(こととひ)もいまだせずしてさ夜ぞ明けにける
2061 天の川白波高し吾(あ)が恋ふる君が舟出は今しすらしも
2062 機物(はたもの)のふみ木持ちゆきて天の川打橋渡す君が来むため
2063 天の川霧立ちのぼる織女(たなばた)の雲の衣の翻(かへ)る袖かも
2064 古に織りてし服(はた)をこの夕へ衣(ころも)に縫ひて君待つ吾(あれ)を
2065 足玉(あしたま)も手玉(たたま)もゆらに織る絹布(はた)を君が御衣(みけし)に縫ひあへむかも
2066 月日択(え)り逢ひてしあれば別れまく惜しかる君は明日さへもがも
2067 天の川渡り瀬深み船浮けて榜ぎ来る君が楫の音(と)聞こゆ
2068 天の原振りさけ見れば天の川霧立ち渡る君は来(き)ぬらし
2069 天の川渡り瀬ごとに幣(ぬさ)まつる心は君を幸(さき)く来ませと
2070 久かたの天の川津に舟浮けて君待つ夜らは明けずもあらぬか
2071 天の川足濡れ渡り君が手もいまだまかねば夜の更けぬらく
2072 渡り守舟渡せをと呼ぶ声の至らねばかも楫の音せぬ
2073 ま日長く川に向き立ちありし袖こよひ巻かれむと思ふがよさ
2074 天の川渡り瀬ごとに思ひつつ来しくもしるし逢へらく思へば
2075 人さへや見継がずあらむ彦星の妻呼ぶ舟の近づきゆくを
2076 天の川瀬を早みかもぬば玉の夜は更けにつつ逢はぬ彦星
2077 渡り守舟はや渡せ一年にふたたび通ふ君ならなくに
2078 玉葛(たまかづら)絶えぬものからさ寝(ぬ)らくは年の渡りにただ一夜のみ
2079 恋ふる日は日長きものを今宵だに乏しむべしや逢ふべきものを
2080 織女(たなばた)の今宵逢ひなば常のごと明日を隔てて年は長けむ
2081 天の川棚橋渡せ織女のい渡らさむに棚橋渡せ
2082 天の川川門八十(やそ)ありいづくにか君がみ舟を吾(あ)が待ち居らむ
2083 秋風の吹きにし日より天の川河瀬に出立(でた)ち待つと告げこそ
2084 天の川去年(こぞ)の渡り瀬絶えにけり君が来まさむ道の知らなく
2085 天の川瀬々に白波高けども直(ただ)渡り来(き)ぬ待たば苦しみ
2086 彦星の妻呼ぶ舟の引綱の絶えむと君を吾(あ)が思(も)はなくに
2087 渡り守舟出して来む今宵のみ相見て後は逢はじものかも
2088 吾(あ)が隠せる楫棹なくて渡り守舟貸さめやもしましはあり待て
2090 高麗錦(こまにしき)紐解きかはし天人(あめひと)の妻問ふ宵ぞ吾(あれ)も偲(しぬ)はむ
2091 彦星の川瀬を渡るさ小舟の得行きて泊てむ川津し思ほゆ
2093 妹に逢ふ時片待つと久かたの天の川原に月ぞ経にける
山上憶良の七夕歌
ここからは、万葉集の代表的歌人の一人、山上憶良の七夕歌について記します。
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現代語訳と意味:
天の川を隔てて互いに向き合って立っている。私が恋しく思っていたあのお方がいらっしゃる。紐をほどいて準備しよう
現代語訳と意味:
袖を振ったら見交わせそうなほど近いのに、渡るすべがない 秋ではないので
現代語訳と意味:
わずにかに逢っただけで別れてしまったら、やたらに恋しく思うことだろうか。また逢う日まで
初句は「玉蜻(かぎろひ)の」となっている版もあります。
織女の今夜逢ひなば常のごと明日を隔てて年は長けむ
こちらは、七夕の夜が明けてからのことを詠んだ 作者不詳 2080の歌。
意味は
織姫が今夜あったとしたら、いつものように明日から牽牛を恋い始める一年は長いだろう
というもので、作者も織姫の気持ちに強く同化して詠んでいます。
万葉集の山上憶良の七夕歌
巻第8の山上憶良が詠んだ七夕歌12首は以下の通りです。
このうち、長歌は省いて記載します。
山上臣憶良が七夕(なぬかのよ)の歌十二首(とをまりふたつ)
1518 天の川相向き立ちて吾(あ)が恋ひし君来ますなり紐解き設(ま)けな
1519 久かたの天の川瀬に船浮けて今夜か君が我許(あがり)来まさむ
1521 風雲(かぜくも)は二つの岸に通へども吾(あ)が遠妻の言ぞ通はぬ
1522 礫(たぶて)にも投げ越しつべき天の川隔てればかもあまたすべなき
1523 秋風の吹きにし日よりいつしかと吾(あ)が待ち恋ひし君ぞ来ませる
1524 天の川いと川波は立たねども侍従(さもら)ひ難し近きこの瀬を
1525 袖振らば見も交(かは)しつべく近けども渡るすべなし秋にしあらねば
1526 玉蜻(かぎろひ)のほのかに見えて別れなばもとなや恋ひむ逢ふ時までは
1527 牽牛(ひこほし)の妻迎へ船榜ぎ出(づ)らし天の川原に霧の立てるは
1528 霞立つ天の川原に君待つとい通ふ程(ほと)に裳の裾濡れぬ
1529 天の川浮津の波音(なみと)騒くなり吾(あ)が待つ君し舟出すらしも
万葉集より 湯原王の2首
他に湯原王の詠む2首も比較的よく知られています。
1548 彦星の思ひますらむ心より見る我れ苦し夜の更けゆけば
1549 織女の袖継ぐ宵の暁は川瀬の鶴は鳴かずともよし
以上、万葉集の七夕歌をまとめました。
万葉集以降の七夕歌については