シャボンまみれの猫が逃げ出す午下がり永遠なんてどこにも無いさ 穂村弘 鑑賞と解説  

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シャボンまみれの猫が逃げ出す午下がり永遠なんてどこにも無いさ 穂村弘 鑑賞と解説

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「シャボンまみれの猫が逃げ出す午下がり永遠なんてどこにも無いさ」穂村弘さんの有名な短歌代表作品の訳と句切れ、文法や表現技法などについて解説、鑑賞します。

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シャボンまみれの猫が逃げ出す午下がり永遠なんてどこにも無いさ

作者と出典:

穂村弘 『ドライ ドライアイス』

この短歌の全訳と意味

現代語の口語の短歌なので訳は必要ありませんが、意味は

洗われるのを嫌って石鹸の泡まみれになった猫が、慌てて逃げだしていく。それを見て思うことは、永遠なんてどこにもないってことさ

文法解説:

「シャボン」というのは、昔の言葉で「石鹸」のこと。

「シャボンまみれの猫が逃げ出す」は「午さがり」にかかる形容詞節。

「午さがり(。)」で文はいったん切れて、「永遠なんてどこにも無いさ」の「さ」から、この部分は、発話であることがわかります。

「無いさ」は、話し言葉であるので、文章を書くときに使われる言葉の「文語」に対して「口語」と言われるものになります。

表現技法と句切れ

・「シャボン」というやや古い言葉を使う効果

・「シャボンまみれの」の初句は7文字で、字余り

・「午さがり」の名詞の3句切れ

・口語の使用

・口語でありながら「ない」には「無い」の漢字が使用されている

リズムの点では、

シャボンまみれの/猫が逃げ出す/午下がり/永遠なんてどこにも無いさ

最初が字余りの8文字、以下3+4+5の短い文節の連続で小刻みに。

下句が「永遠なんて」で7字の長い文節の4句に次いで、4+3できりっと終わるリズムです。

口語のある短歌の例

・マガジンをまるめて歩くいい日だぜ ときおりぽんと股で鳴らして(加藤治郎)

・『この味がいいね』と君が言ったから七月六日はサラダ記念日(俵万智)

最初の歌は口語を使用。

二首目の上句は発話ですが、カギ括弧が使用されており、相手の言葉の引用であることがわかります。

括弧のあるものとないものを比べてみてください。




 

解説と鑑賞

この歌のポイントの一番の所は、上句「シャボンまみれの猫が逃げ出す午下がり」と、一見無関係に見える下句「永遠なんてどこにも無いさ」のつながりです。

作者の中には無関係ではなく、この二つにつながりがあります。

下句の言っているのは、誰でしょうか。想像上の猫でしょうか。だとしたら

シャボンまみれの猫が逃げ出す午下がり「永遠なんてどこにも無いさ」

と下句にカギ括弧をつけるかもしれません。

おそらく括弧がないところから、猫が逃げ出すさまを見ていた作者が感じたことが「永遠なんてどこにもない」という観念なのでしょう。

しかし、この投げやりな呟きのように思える「ないさ」には表記に「無い」との感じが当てられています。そうすると、まるで仏教の無常観のようにも、ちょっと重い言葉に思えるから不思議です。

そのことから、猫の逃げるさまから、一つの哲学的な覚醒を作者が得ているように思われます。

この世に永遠であることなどはない。限られた時間を生きなければならない。ならば猫にとっての体を洗われるような『嫌なこと』を我慢する必要などないのだ。

しかし、そう思いながらもどこかで縛られた気持ちが抜けない作者は「無いさ」と無気力で投げやりな呟きでこの歌を終えています。

そのようなニュアンスが想定できる、シニカルな悟りの歌であるという取り方が一つ。

あるいは、もう一つ別な解釈

折角洗ってあげているのに、逃げ出していってしまうなんて、猫でさえもちっとも気持ちが伝わらない。ああ、この世に信じていた永遠なんてなかったのさ

気持ちの沈んでいる時であった作者は、猫が逃げ出した、ただそれだけのことに、とても傷ついてしまい、世をはかなむ思いにさえなってしまうのです。

しかし、作者のシニカルな倦怠感が「猫」や「シャボン」のような可愛らしい事物によって、それほど深刻でないことも伝わりますね。

 

ネット上に上げられている感想や解釈だと、後者の方が多いようです。

あなたはこの歌を読んでどう思いますか?

堂島昌彦さんの解釈が素晴らしいので、下の記事も合わせてお読みください。

短歌は映画のシーンと同じ

実は、短歌は詩なのですから、意味はよくわからなくてもいいのです。

短歌は映画のシーンと同じです。

石鹸の泡をつけた猫が路地裏を走っていく。戸口に立つ男性の足だけが見える。

その情景が、セピア色など押さえた色調で映し出される、それだけで、画像にある雰囲気が出ますね。

歌によっては意味が分かった方がいいものもありますが、短歌で味わうのは、必ずしも「意味」ではなくて、「雰囲気」だけであってもいいのです。

生への倦怠感から刹那主義に陥る作者の心境が、私にとってはむしろ好きな歌なのです。

穂村弘について

穂村 弘 (ほむらひろし) 1962年5月21日

日本の歌人。歌誌「かばん」所属。 加藤治郎、荻原裕幸とともに1990年代の「ニューウェーブ短歌」運動を推進した、現代短歌を代表する歌人の一人。批評家、エッセイスト、絵本の翻訳家としても活動している。歌集に『シンジケート』『水中翼船炎上中』他。

――出典:穂村弘『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』


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