一度でも我に頭を下げさせし人みな死ねといのりてしこと
石川啄木の短歌の中でよく知られている歌です。
タレントの林修先生が、石川啄木の作品で好きな歌としてこの短歌をあげていましたが、この歌の「人」というのは、誰のことなのでしょうか。
この歌の解説と背景を記します。石川啄木の人となりについて踏まえながら鑑賞してみてください。
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一度でも我に頭を下げさせし 人みな死ねと いのりてしこと
読み:いちどでも われにあたまを さげさせし ひとみなしねと いのりてしこと
作者と出典
石川啄木 『一握の砂』
現代語訳
一度でも私に頭を下げさせた人は、皆死ねと祈ったこと(がある)
語句と表現技法
歌の語句と文法の解説です
「下げさせし」
・させし・・・使役の助動詞+過去の助動詞「き」の連体形
(「さす」は「させる」の文語の基本形) 「下げさせた」の意味
「祈りてしこと」
・てし・・・完了の助動詞「つ」の連用形+過去の助動詞「き」の連体形
「いのり」
・「祈り」のひらがな表記
句切れと体言止め
この歌には句切れはない。
「いのりてし」の主語は「我」だが、我に対するまた主な動詞がないまま、「こと」で体言止めとなっている。
祈ったことがある、またはあった、の「ある」等にあたる動詞がないままで終わるために印象的でもある
解釈と解説
『一握の砂』収録の短歌で、最初の章「我を愛する歌」151首の中にある作品。
作歌は1910年(明治43年)
石川啄木とはどんな人?
啄木は、元々は小説家として身を建てようとしていたが、実際書き出してみると物にはならなかった。
また詩作も試みているが、それもよいものが書けず、結局新聞の校正係としての職を得て、妻子と両親を養っていた。
啄木は、幼少期の岩手県においては、「神童」と呼ばれていたためもあって、自分のことを一種の天才と考えていたようである。
しかし、結局は自分の思う道においては身を立てることができず、大きな挫折感を味わった。
短歌は、元々啄木の目指すものではなく、啄木が書こうとしていた小説の代替物でしかなく、啄木自身はそれを、砂のようなはかないものと考え、歌集のタイトルを『一握の砂』とした。
第二歌集は啄木の死後刊行されたが、それも歌の中の語句から『悲しき玩具』と命名されている。
「我を愛する歌」について
「我を愛する歌」は自分の来し方を振り返り、その生の悲しさをいとおしむ歌が並ぶ。
歌を書き出した時の心境をやるせない思いを詠みあげながら、同時に細かな啄木の心の動きを追う作品群となっている。
「頭を下げさせし人」とは
この歌を読む人は、「我に頭を下げさせし人」というと、会社の上司とか、目上の人などを思い浮かべるだろう。
しかし、この「人」は、恐らくそういう人ではなかったと思われる。
というのは、啄木の常として人に頭を下げることなどはなく、会社の同僚などは自分よりも下に見ていた。
そのような不遜な心持を、短歌の中にも隠していない。
石川啄木は「借金の天才」
啄木が、やむを得ず、頭を下げなければならなかった人というのは、生活のために借金を申し出た、友人であったと思われる。
啄木の生活は、啄木自身の浪費癖のせいもあり、常に困窮して貧しかった。
一連の中には「実務には役に立たざるうた人(びと)と我を見る人に金借りにけり」という歌もある。
啄木は「借金の天才」とも言われるくらいたいていの友人には借金があったという。
なので、通常考えれば、親しい友人を含め、誰に対しても頭を下げたことはあったわけで、啄木自身の事情がそうさせたわけで相手に責があるわけではない。
しかし、啄木が真摯に頭を下げるというのは、おそらくそういう場面であったろうとも思われる。
しかし、このような感情は、やはり万人に思い当たるところでもあり、それが啄木の歌が愛されるゆえんでもあるのだろう。
一連の友人の歌
この歌の前後の「友」を詠んだ歌をあげておく
「友よさは」はこの4首前、「我に似し」はこの歌の次の歌となり、「人」との関連がうかがえる。
友よさは 乞食に卑しさ厭ふなかれ 餓ゑたる時は我も爾りき
我に似し友の二人よ一人は死に一人は牢を出でて今病む
一首目は、「友よ乞食の卑しさを嫌ってはいけない。飢えているときは私もまたそうであるから」の意味。
「友よさは」の「さは」は、現代語の「そう嫌うな」の「そう」。
また「友」を主語とはしているが、啄木自身のことを詠ったと思われる歌も、一連の中に含まれている。
あまりある才を抱きて 妻のため おもひわづらう友をかなしむ
人並の才に過ぎざる わが友の 深き不平もあはれなるかな
この「友」と三人称で語ってはいるが、その主客の区別のなさも、啄木の歌の心性として興味深いところである。
枡野浩一の訳
石川啄木の短歌を現代語訳にした、歌人の枡野浩一のこの歌の訳は
一度でも俺に頭を下げさせた/やつら全員/死にますように
となっている。
「やつら」となっている通り、原文は、「人皆死ねと」となっているので、一人ではない、複数の人物が想定される。
関連記事:
枡野浩一さんの訳した石川啄木の短歌『石川くん』
石川啄木の友人について
ちなみに、石川啄木の友人としてよく知られているのは、金田一京介や宮崎郁雨などがいるが、誠心誠意、身内のように啄木の才能を惜しんで尽くしたこれらの友人たちも、この歌の「人」に含まれているだろう。
啄木にはそのようにひじょうに我が強く、傍若無人なところがあった。
そしてそれもまた、良くも悪くも石川啄木の人柄であり、啄木の短歌が生まれる所以でもあったのだろうと思われる。