鉦鳴らし信濃の国を行き行かばありしながらの母見るらむか
窪田空穂の有名な代表作短歌、歌の中の語や文法、句切れや表現技法と共に、歌の解釈・解説を記しながら鑑賞します。
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読み:かねならし しなののくにを ゆきゆかば ありしながらの ははみるらんか
作者と出典
窪田空穂『まひる野』
現代語訳と意味
巡礼となって信濃の故郷を巡り巡ったならば、在りし日のままの母に会うことができるだろうか
語彙と文法
一首の語の解説です
句切れ
句切れなし
語彙
鉦(かね)…巡礼が手にもって鳴らす鉦のこと
信濃…長野県 窪田空穂は長野県松本市生まれ
行き行かば
行き行かば…「どんどん進んでいけば」の意味
【行き行く】は これで一語の動詞
ありしながらの
ありしながらの…「ありし」は「あり+し(過去の助動詞「き」の連用形)
基本形は「あり」。意味は 「人・動物などがいる」
「ありしながら」は連語で、意味は、「以前のまま。 生きていた時のまま」
母
「母を」の助詞「を」の省略がある
見るらむか
「見る」+推量の助動詞「らむ」
「か」は疑問の終助詞
「らんか」は「…だろうか」の意味
解説
窪田空穂の有名な歌、秀歌、名作とも言われる代表作。
このようなジャンルの歌は、短歌で「母恋の歌」と呼ばれる。
一首の背景
窪田空穂は、長野県松本市に育ち、その母は農家の主婦として土地と共に暮らした。
土地を離れたのは、旅として東京見物の一度きりであり、「死んでも信濃を離れない人」と作者は考えていた。
その作者の述懐を読むと、「信濃の国を行き行かば」は、母に会うための大切な条件と言える。
「鉦鳴らし」の意味
しかし、それ以上に大切なのは、初句の「鉦慣らし」だろう。
この「鉦鳴らし」は単に、鉦音を立てるという具体的な行為に意味があるのではなくて、「巡礼として」というところに意味がある。
巡礼の定義は、「巡礼というのは、我々の居住地、つまり日常空間あるいは俗空間から離脱して、非日常空間あるいは聖空間に入り、そこで聖なるものに接近・接触すること」(wikipedia」であるが、ここでは、母のいる世界に近づくために、日常的な空間を離れることとなるだろう。
そして、その母のいる世界というのが、歌の「信濃」に他ならない。
巡礼の気持ち
母のいる信濃、あるいは、母にとっての信濃は、一種の聖地のような大切で特別な場所と作者空穂はみなしており、この「信濃」は単なる地名ではない。
さらに「鉦鳴らし」、つまり巡礼としてその地を巡るということは、母を一心に訪ねようとする心を持つことであり、そうして母を求める心が純化されれば、母に会うことができるのではないかというのが一首の意味だろう。
「ありしながらの」というのは、母が既に亡くなっていることを表す。
この世の人ではないために、そうして一心に心を傾けて、母を探し求める必要があるのだが、そうしたら、あるいは母に会えるのではないだろうか、と作者が思うところに、作者の母を恋う気持ちの強さが伝わるだろう。
この歌は、松本市の城山公園の山上で歌碑となっている。
短歌の歌碑の場所
窪田空穂について
くぼた‐うつぼ【窪田空穂】
歌人・国文学者。名は通治。長野県生れ。早大教授。歌風は客観性を重んじて生活実感を歌い上げ、抒情性に富む。歌集「まひる野」「老槻の下」、万葉集・古今集の評釈など。(1877〜1967)
窪田空穂の作風の特徴
・自然主義的世界をくぐった歌風は、日常生活を題材に、人生を味到、人生派的な生活詠に特色がある。
・現実主義的で平明穏雅な歌風。
・心境の滋味・深さを身上とする、いわゆる境涯詠に独自な人生的歌風を樹立 (同)