風通ふ寝覚めの袖の花の香に薫る枕の春の夜の夢
作者 藤原俊成女(ふじわらとしなりのむすめ)の新古今和歌集に収録されている有名な和歌の現代語訳、品詞分解と修辞法の解説、鑑賞を記します。
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風通ふ寝覚めの袖の花の香に薫る枕の春の夜の夢
読み: かぜさそう ねざめのそでの はなのかに かおるまくらの はるのよのゆめ
作者と出典
藤原俊成女(ふじわらのとしなりのむすめ) 他に「俊成(しゆんぜい)卿女」ともよばれる
新古今和歌集 112
現代語訳と意味
風が庭から吹き通ってきて、ふと目覚めた私の袖が風の運んできた桜の花に香り、枕辺には見ていた春の夜の夢の名残りがゆらめいている
句切と体言止め
句切れなし 結句は体言止め
語句と文法
風かよふ・・・風が吹き通るという意味 通うは「ある場所を通って流れる」
寝覚め・・・吹き通う風によって目覚めた 「寝ざめ」は名詞
春の夜の夢・・・体言止め
表現技法
表現技法については、この下の「解説と鑑賞」に説明する。
解説と鑑賞
「千五百番歌合に」の説明書きがある、藤原俊成女の大変優れた歌。
女性である自分自身のけだるい寝覚めに、甘い花の香と春の夜の夢のアイテムを組み合わせて、夢幻的な雰囲気を体現している。
この歌の優れている理由
この歌の優れている理由は、時間と空間の多重性にある。
歌に時間性を読む込むというのは珍しい事ではないが、その両方が複数に渡り、それらを組み合わせた複雑なところを31文字で言い表しているところが、この歌の優れた点といえる。
藤原俊成の類歌
なお、歌の主題そのものは、藤原俊成の歌などに先例はあり、俊成女もこれに学んだと思われる。
参考:
すぎぬるか夜半の寝覚のほととぎす声は枕にあるここちして 藤原俊成
時間と空間の多重性
風が入ってきて目覚めたというのが現在であるが、夢を見ていたのはそれよりも以前のことである。
しかし、「春の夜の夢」は、歌の一番最後に置かれていて、作者がそれをさかのぼって回想するかのようになっている。
歌の進み具合は、縦書きにした場合は、上から下に進むが、時間はその反対に過去に向かって、歌の進みとは逆に遡行することになる。
視点の移動と風の通り道
さらに、歌に詠まれている地点、それは作者の視点そのままになるのだが、最初は風の入ってくるだろう入口のあたり、その後は自分の袖、次が枕の上と移動している。
そして、これは、香りをもって移動した風の通った道筋そのものである。
さらに、「風通う」は、風の移動のことでありながら、このような視点の推移と、歌を読む者にも歌の上での視点の移動を助けている。
そして、最後にたどり着くのが、「春の夜の夢」という作者しか知らない、作者の記憶と内面の世界である。
その曖昧さ、たどってきていながら、それ以上さかのぼって追えない時間の途切れが、歌全体に不思議な雰囲気を与えている。
はっきりとしたものから、作者しか知らない、否作者にすら曖昧な、夢の記憶、花の香りのような甘美なものだったろう、その夢の感覚だけが読み手に残る仕掛けとなっている、ファンタジックな終わり方となっている。
一首の音韻について
音韻上の工夫については「風通ふ寝覚めの袖の花の香に薫る枕の春の夜の夢」の助詞の部分に注目されたい。
「ねざめ の そで の はな の」と「の」の助詞が続き、3句の「花の香に」とここだけ「に」の鋭いイ音が入って、ここに上句のアクセントがある。
そして「まくら の はる の よ の」とさらに「の」がなだらかに続く。
この音韻上のなだらかさと柔らかさに、あたかも風が通り抜けるように、歌の場面が読み手に抵抗なく続いていく、一つの技巧がある。
このような音韻の工夫も、短歌の表現技法に含まれる。
千五百番歌合について
千五百番歌合(せんごひゃくばんうたあわせ)は、鎌倉時代に後鳥羽院が主催した歌合。30人の歌人が100首ずつ詠進した(「後鳥羽院第三度百首」)が、この3000首が1500番の歌合に結番されるという壮大な催しの歌会。
藤原俊成女とは
藤原俊成女(ふじわらのとしなりのむすめ)
鎌倉時代前期の女流歌人。藤原俊成の孫娘で,その養女という意味で俊成女と呼ばれる。歌才を認めた後鳥羽院に女房として出仕し,『千五百番歌合』『仙洞句題五十首』など,多くの歌合,歌会に参加。宮内卿とともに『新古今和歌集』女流歌人の双璧をなした。
歌風は巧緻で物語的傾向が著しく,特に恋の歌にすぐれている。『新古今集』に 29首入集し新古今和歌集の代表的な歌人の一人。