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有る程の菊抛げ入れよ棺の中 夏目漱石と大塚楠緒子【日めくり短歌】

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きょう、11月9日は大塚楠緒子(くすおこ)の命日です。

「お百度詣」、「ひとあし踏みて夫思ひ…」の作者であり、夏目漱石の思い人とも言われます。

きょうの日めくり短歌は、大塚楠緒子の詩と短歌、夏目漱石の追悼の俳句と二人のエピソードについてお伝えします。

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大塚楠緒子とは

きょう、11月9日は大塚楠緒子(くすおこ)の命日です。

名前だけではわからなくても、下の「お百度詣」の詩は一度は読んだことがある人が多いのではないでしょうか。

有名な「お百度詣」は大塚楠緒子作

 お百度詣

ひとあし踏みて夫(つま)思ひ、
ふたあし国を思へども、
三足(あし)ふたゝび夫おもふ、
女心に咎ありや。

朝日に匂ふ日の本の、
国は世界に唯一つ。
妻と呼ばれて契りてし、
人も此世に唯ひとり。

かくて御国(みくに)と我夫(つま)と
いづれ重しととはれなば
たゞ答へずに泣かんのみ

上の作品は、日露戦争を背景にしたもので、与謝野晶子の「君死にたまふことなかれ」と同じ特集に掲載されました。

大塚楠緒子は、才色健美で知られた女流の文人でしたが、流感から肋膜炎を併発、わずか35歳で、1910年の11月9日に亡くなりました。

 

夏目漱石が大塚楠緒子の訃報に詠んだ俳句

夏目漱石は、大塚の死に、下の俳句を詠んでいます。

有る程の菊抛げ入れよ棺の中

読みは「あるほどの きくなげいれよ かんのなか」。

才ある女性の若くして命を奪われた運命に、悲しみと同時に激しい憤りを感じているかのような句です。

夏目漱石はこのとき胃病で入院中、葬式に行くことはかなわなかったようです。

夏目漱石の随筆より

楠緒さんが死んだという報知の来たのは、たしか私が胃腸病院にいる頃であった。死去の広告中に、私の名前を使って差支ないかと電話で問い合された事などもまだ覚えている。私は病院で「ある程の菊投げ入れよ棺の中」という手向(たむけ)の句を楠緒さんのために咏んだ。それを俳句の好きなある男が嬉しがって、わざわざ私に頼んで、短冊に書かせて持って行ったのも、もう昔になってしまった。「硝子戸の中」より

というのも、楠緒子は夏目の思い人とも言われ、35歳という若さでもあり、大きな衝撃を与えたと思われます。

夏目漱石は楠緒子の婿養子の候補であったらしく、しかし、楠緒子は別な婿養子を取って結婚、そのため、漱石の側に思いが残ったとする見方もあるようです。

あるいは、楠緒子は夏目漱石の”マドンナ”であったのかもしれません。

 

大塚楠緒子の短歌

大塚楠緒子は、歌人としても作品を多く残しています。

今でもよく引用されるのが、下の歌。恋愛の歌です。

ふみの中はさみし菫ほひ失せぬ 情けかれにしこひ人似て

意味は、

「手紙の中に挟んでおいた菫の花の匂いはなくなってしまった。愛情も枯れ果てた恋人のように」

夏目漱石がほめた大塚楠緒子の短歌

下は夏目漱石がほめたという楠緒子の短歌です。

君まさずなりにし頃とながむれば若葉がくれに桜ちるなり

意味は、

あなたがいらっしゃらないで眺めている桜、その葉陰に桜の花が散っているのです。

夏目鏡子夫人によると、漱石はこの歌を冊子で読んで

「お安くない歌だ。おおかた大塚が留守なんでこんな歌ができたのだろうが、 大塚も仕合わせな男だ」

と話したそうです。(「夏目漱石の思い出」より)

大塚の夫となった人は、夏目漱石の旧友小屋保治という知り合いだったので、短歌の出来云々よりも、友をうらやましがったという方がよさそうです。

以上、今日の日めくり短歌は、大塚楠緒子の短歌と、夏目漱石の追悼の俳句について紹介しました。

これまでの日めくり短歌一覧はこちらから→日めくり短歌







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