かきつはた衣に摺り付けますらをの着襲ひ狩りする月は来にけり
大伴家持の作品の一つで一連6首の結びの歌、春の宮廷行事である薬狩りの華やかなイメージが詠まれている万葉集の和歌です。
大伴家持のかきつばたを詠み込んだ短歌を紹介します。
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かきつはた衣に摺り付けますらをの着襲ひ猟する月は来にけり
読み:かきつはた きぬにすりつけ ますらをの きそいかりする つきはきにけり
作者と出典
大伴家持 『万葉集』 巻17-3921
歌の意味と現代語訳
かきつばたの花で、衣を摺り染めにして、朝廷にお仕えする立派な男たちが着飾って狩りをする、月が来たことだ
句切れ
句切れなし
語の意味と表現技法など
- かきつはた……あやめ科の多年草のことだが、現在のかきつばたとの異同じは不明 読みは「かきつ『は』た」と濁らずに読む
- 衣……読みは「きぬ」 着物のこと
- ますらを……宮廷人 立派な男子のこと
- 摺り付け……「摺り染めにする」
- 着襲ひ……基本形「きそふ」 意味は、着重ねる
- 狩り……鹿角や薬草などを採る薬狩りのこと
解説と解釈
大伴家持作の、「独り平城(なら)の故宅(もとついえ)に居りて作る歌6首」一連6首の中の最後の歌。
当時の家持は 内舎人(うどねり)という見習いのような身分で、27歳だったという。
この歌の前に安積皇子(あさかのみこ)が急逝しており、世情が不安定な時局だった。
前の5首は、「あをによし奈良の都は古(ふ)りぬれどもとほととぎす鳴かずあらなくに」に見られるように、古い都に住む身のわびしさが出ているが、この歌は、一転して華やかな宮廷行事に思いを寄せて詠んでいる。
宮廷の華やかさを離れた寂しさから、復帰へのあこがれが込められたとされる。わびしさはあれど、家持の思いえがいた未来を表現する歌となっている。
薬狩りとは
この歌に詠まれている狩りは、薬狩り(くすりがり)のことで、薬狩りは、男性は鹿の若角や、女性が薬草を摘む宮廷行事の一つ。
かきつばたで紫色に染められた華やかな着物で、春の広い野を馬で駆け巡るさっそうとしたますらをの像は、家持自身でもあるだろう。
額田王の「あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る」も薬狩りの和歌として有名なもののひとつである。
かきつばたの染め物
カキツバタの花は、古くは染料として使われており、当時の染め物は、花の汁を衣服にこすりつけて染めていたとされる。
その、こすりつける染め方が、「かきつく」と呼ばれていたため、そこからこの花が「かきつばた」と呼ばれるようになったという由来がある。
平安時代初期にも、在原業平の歌に、カキツバタのそれぞれの字で各句を始めた、「から衣 きつつなれにし つましあれば はるばる来ぬる たびをしぞ思ふ」という歌もよく知られている。
かきつばたは、古くから親しまれた花であったことが推察される。
上にあげた額田王の問答歌でも、額田王に答える歌が、「紫草のにほへる妹を憎くあらば 人妻ゆゑに我恋ひめやも」とあるように、「紫色」に染めた着物は、高貴な人の切る着物の色とされていたようだ。