古今・新古今集

陸奥のいはでしのぶはえぞしらぬふみつくしてよ壺の石ぶみ 源頼朝の新古今集の和歌

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陸奥のいはでしのぶはえぞしらぬふみつくしてよ壺の石ぶみ

きょう、2月9日の日めくり短歌は源頼朝の忌日にちなみ、源頼朝の新古今集の和歌をご紹介します。

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源頼朝の和歌

源頼朝の忌日は、建久10年1月13日、ユリウス暦だと2月9日、享年52歳でした。

源頼朝は鎌倉幕府を開いた人物で、武家政治の始まりとなりました。

代表作の和歌として伝わっているのが、下の歌です。

陸奥のいはでしのぶはえぞしらぬふみつくしてよ壺の石ぶみ

現代語での読み:みちのくの いはでしのぶは えぞしらぬ ふみつくしてよ つぼのいしぶみ

作者と出典:

作者:源頼朝

出典:新古1786

和歌の意味

陸奥の国磐手・信夫群ではないが、言わずに堪えているなどを私には理解できません。壺の碑の「ふみ」ではないが、 手紙に思いを書き送ってください

句切と修辞法

  • 「いわでしのぶ」…陸奥の国の古い群2つの名前。
    「言はで忍ぶ」の掛詞
  • えぞ…東北、北海道の蝦夷と「得ぞ」との掛詞
  • 壺の石ぶみ…陸奥の壺という地にある碑のこと

掛詞とは 和歌の表現技法の見つけ方を具体的用例をあげて解説




解説と鑑賞

慈円の「思ふこといなみちのくのえぞいはむ壺のいしぶみ書き尽くさねば」への返歌の歌。

詞書に 「前大僧正慈円、ふみにては思ふほどのことも申しつくしがたきよし、申つかはして侍りける 」とあり、その「返事に」とある。

「壺の碑」の掛詞

壺の碑の「壺」は地名のこと。多賀城にあった石碑のことです。

石碑のことを「いしぶみ」といったので、その「ぶみ」を「ふみ」との掛詞としています。

慈円が、「思ふこといなみちのくのえぞいはむ壺のいしぶみ書き尽くさねば」(思うことがあっても、いいや今は言わないでおこう。壺にある石碑の碑ではないが、手紙ではとても書きつくせないので)と言ってきたことに対して、頼朝が「どうぞ思いのたけを書き送ってください」と返事をしたものです。

慈円と頼朝は、頼朝の情落語、意気投合し、上記のような歌や手紙のやり取りをした中の一首で、地名を歌枕に読み込んだうえ、掛詞を駆使した巧みな問答の和歌となっています。

「壺の碑(いしぶみ)」の歌枕

壺の碑は他にも、西行法師の詠んだ

陸奥の奥ゆかしくぞおもほゆる壺のいしぶみそとの浜風

が知られています。

源頼朝について

源 頼朝(みなもとのよりとも 1147-1199)平安時代末期から鎌倉時代初期の武将、政治家。鎌倉幕府初代征夷大将軍。新古今入集二首。「金槐和歌集」の源実朝は息子。

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