石川啄木

さいはての駅に下り立ち雪あかりさびしき町にあゆみ入りにき 石川啄木

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さいはての駅に下り立ち雪あかりさびしき町にあゆみ入りにき

今日の日めくり短歌は、天声人語に掲載された石川啄木の歌集「一握の砂」の中の作品、啄木が釧路に移り住んだ時の歌の背景を解説します。

さいはての駅に下り立ち
雪あかり
さびしき町にあゆみに入りにき

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読み:さいはての えきにおりたち ゆきあかり さびしきまちに あゆみいりにき

出典:石川啄木の『一握の砂』「忘れがたき人々」

一首の意味

北海道の果てかと思われる駅に下り立って 雪あかりだけが明るい、さびしい町に歩いて行ったのであるよ

 

解説

仕事で移り住んだ釧路に着いた時に詠んだ歌。

作者が自ら「流離の身」と意識、馴染みのない北海道を転々とする寄る辺のなさと悲しみとを歌っている。

石川啄木と北海道

石川啄木は北海道の函館で最初教師として勤め、その後小樽に移って新聞記者として活躍し、安定した生活を送っていました。

わがあとを追ひ
知れる人もなき
辺土へんどに住みし母と妻かな

同居していた母と妻はもちろん、妹も呼び寄せてその地で一家で暮らしたのです。

船にひてやさしくなれる
いもうとの見ゆ
津軽つがるの海を思へば

一生を貧窮の中に過ごしたかと思われる啄木ですが、意外にも北海道赴任の最初の頃は、花街にも出入り、芸者衆とも知り合いになるなど、意外に華やかな生活を送っていました。

この頃の啄木の短歌については下の記事をご覧ください。

 

北海道を流離した啄木

不運にも函館の大火事のため、転居を余儀なくされます。

しかし札幌、小樽、釧路と流れていくように移り住んでいくことは、文学からも遠ざかることを意味していました。

郷里から函館へ、函館から札幌へ、札幌から小樽へ、小樽から釧路へ―――私はそういう風に食をもとめて流れ歩いた。何時しか詩と私とは他人同士のようになっていた―――石川啄木「食(くら)ふべき詩」より

釧路の位置

 

啄木の釧路への旅

忘れ来し煙草を思ふ
ゆけどゆけど
山なほ遠き雪の野の汽車

汽車は果てしなく北海道の原野のような風景の中を走り続けます。

何事も思ふことなく
日一日
汽車のひびきに心まかせぬ

釧路への旅行は当時は一日がかりでした

さいはての駅に下り立ち
雪あかり
さびしき町にあゆみに入りにき

釧路に着いた啄木はそこを「さいはて」と表現しています。

雪あかりが寂しいというのは、町の灯りがなかったことを表しているのでしょう。

こほりたるインクの壜(びん)を
火に翳(かざ)し
涙ながれぬともしびの下(もと)

そして文学への変わらぬ憧憬

頬(ほ)の寒き
流離の旅の人として
路問ふほどのこと言ひしのみ

最初に出会った同僚の女教師との会話。

この歌は後に回想の上詠まれたものですが、啄木はみずからを「流離の旅の人」としています。

点々と移り住んだ北海道も啄木にとっての安住の地ではなかったのです。

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