教科書の俳句

めでたさも中くらいなりおらが春 小林一茶 季語と意味解説

めでたさも中くらいなりおらが春

教科書・教材にも使われる小林一茶の有名な俳句の意味、季語など表現技法、句の意味の解説を記します。

めでたさも中くらいなりおらが春【俳句解説】

 

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読み:めでたさも ちゅうくらいなり おらがはる

作者と出典:

小林一茶

現代語訳

春になったがめでたいとっても中ぐらいであるよ わたしの春は

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切れ字と句切れ

・2句切れ

・切れ字なし

・体言止め

季語

季語は「春」 春の季語

有季定型

 

目出度さもちう位也おらが春

漢字で記した場合の表記は上の通りで、こちらが原文となる。

読みは同じく 「めでたさもちゅうくらいなりおらがはる」である。

 

解説

小林一茶の新年の喜びを詠う有名な俳句の一つ。

句のポイントは「中位なり」にある。

俳文俳諧集『おらが春』の冒頭の句となる作品。

『おらが春』とは

嘉永五年(1852)刊。一茶五十七歳、晩年となるの文政二年(1819)の元旦から歳末まで、一年間の随想・見聞などを長女さとの死を中心に、俳句を交えて日記風に記した文章。

一茶の没後に刊行され、「目出度さもちう位也おらが春」の句から、題名を『おらが春』と名づけられた。

俳句の意味

57歳と言えば昔は相当な高齢者に当たるが、その年齢にしてようやくわが家を得て世間並みの正月を祝う身になれたと自らを祝福している。

「中位なり」にはたぶんに一茶の謙遜も含まれている。

「わが世の春」とは言っても、人とは違う遅い出発であるためもあるだろう。

控えめながら望んだ落ち着いた暮しを持って迎えた新年の喜びを詠んだ句となっている。

俳句の背景

この頃、作者の小林一茶は、各地を旅して暮らしていた暮らしから故郷新潟に戻り、父の実家の屋敷や土地をもらい、結婚して妻を持った。

順番がそのまえの句に当たる

これがまあつひの栖(すみか)か雪五尺

は、家を持った喜びを詠ったもので、その新年が「おらが春」である。

また、娘が生まれてこの正月の月には2歳になっていた。

その前には長男を一カ月で亡くすという経験もあった。

それらの事情を考え合わせると「中くらい」とは言っても、一茶にとって幸せを多く感じられる時であったことがわかる。

この句の表現技法

「目出度さ」の名詞でめでたいことと新年を表す。

「も」は強意の助詞。「○○も○○も」の並列ではない。

「なり」は断定の助動詞。

「おらが春」の「おら」は一人称の人代名詞

「おれ。おいら」と同じ。江戸時代には女性も用いた。

「おらが」は「わが」と同じ意味となる。

「春」はこの場合は季節的に新春を指すが、春には「人生の最盛期」の意味もあり、こちらの意味も含まれている。

小林一茶の他の俳句

雀の子そこのけそこのけお馬が通る

名月を取ってくれろと泣く子かな

雪とけて村いっぱいの子どもかな

やれ打つな蠅が手をすり足をする
おらが世やそこらの草も餅になる
菜の塵や流れながらに花の咲く
かすむ日や目の縫われたる雁が鳴く
猫の子がちょいと押さえる落葉かな
慈悲すれば糞をするなり雀の子
あこが餅あこが餅とて並べけり
鳴く猫に赤ん目をして手まりかな
麦秋や子を負ひながらいわし売り
とうふ屋が来る昼顔が咲きにけり
うまさうな雪がふうはりふわりかな
これがまあ終(つい)のすみかか雪五尺
春風や牛に引かれて善光寺
めでたさや中位なりおらが春
やせ蛙負けるな一茶これにあり
やれ打つなはえが手をする足をする
我と来て遊べや親のない雀

小林一茶について

こばやし‐いっさ【小林一茶】1763〜1828

江戸後期の俳人。名は信之。通称弥太郎。芭蕉、蕪村と並ぶ江戸の三大俳人の一人。

14歳の春、江戸に出て葛飾派の二六庵竹阿に俳諧を学びの地諸国を行脚。故郷に定住するが母や妻の死の不幸の中で21200句もの句を詠んだ。子どもを詠んだ柔らかい印象の句の他、屈折した俳句を詠んだことにも特徴がある。




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