卒業生最後の一人が門を出て二歩バックしてまた出ていった ちばさと先生こと、歌人の千葉聡の短歌の解説、鑑賞を記します。
スポンサーリンク
卒業の短歌
3月は卒業シーズン。卒業は学校生活の小さな節目ですが、うれしくおめでたいことながら、いくばくかの寂しさも伴います。
今回ご紹介するのは、そのような卒業生を詠んだ短歌です。
関連記事:
卒業生最後の一人が門を出て二歩バックしてまた出ていった の解説
作者:千葉聡
菅れに治:
千葉聡歌集『グラウンドを駆けるモーツァルト』【日めくり短歌】
短歌の情景
歌の情景は卒業生の仕草を詠んだものです。
若い方や子どもの方にはよくわかると思いますが、真っすぐ歩んで行って、そのまま足を後ろに引いてバックするという行為です。
むろん、子どもたちがおどけた時にする仕草の一つなのですが、この場合はそれをしているのが卒業生だということです。
男女どちらでもいいのですが、おそらくは男の子でしょう。
情景を想像すると、卒業証書を丸めた筒を手にして、胸ポケットには花が挿してある。
そのような姿の卒業生が卒業式を終えて学校を出ていく時になって、そのまま出ていくのかというと、バックをして、それからいよいよ門を出て行ったというところでしょう。
卒業生の心情
ここでもう一つ注目をしたいのは、「最後の一人」という点です。
この生徒は、最後まで学校に残っていたのですね。
その場合、どのような心境だったかというと、一言で言えば育ち学んだ学校という場を立ち去りがたい、そのために最後の一人になってしまった。
さらに、そのような愛着を、歌にある行為でそのまま体で表現していると言えるでしょう。
作者の思い
この歌を詠んだ作者は教師で、この情景は想像ではなく、実際に目にしたものと思われます。
おどけた姿でありながら、学び舎への名残惜しい気持ちを表現する生徒へのあたたかいまなざしが感じられます。
そしてまた作者の方もこれと同じ気持ちなのでしょう。
ああとうとう最後の生徒が出て行ってしまうなあ、と見送っている。
巣立って行く生徒たちを止めようもないが、できれば引き留めておきたいような気持がある。
その気持ちがあるからこそ、生徒のおふざけに似た仕草に対する共感以上の呼応が生まれているのです。
卒業の他の短歌
千葉聡先生の卒業の短歌は他に
高校に受かり黙ったまま俺に強い握手をしてきたKは
「バック」の歌には何も思わなかったのですが、この一首目は、私自身も強い感慨を覚えます。
学校ではないが教育関係の仕事をしており、受験生の私道もしていた経験があるためです。
高校に受かったということは中学生であるわけですが、この年代の子どもは、まだまだ自分の心境を表現する社会性が未熟です。
大人ならば社交的に先生にお礼を言う場面なのですが、そういうことはしない。
できないのではなくて、内心の心境の強さにそぐわないのですね。
その代わりに、先生に握手をして気持ちを伝えています。
「黙ったまま俺に強い握手をしてきた」
の「強い」のところが、生徒の気持ちを伝えています。
もう一首
三年間みんな本当に( )←空欄に好きな言葉を入れ卒業せよ
これは、つまりテストの問題の形式をとっているわけですね。
先生にも心境を表すのに何らかの照れのようなものがある。
というのは教育者の立場としては、自分の心境はやはり二の次なのです。
なので、生徒の方に何かを問うということが習慣になっている。
自分で「私はどう思う」ではなくて、「君たちはどうかな」というのが、先生の発語のスタイルなのです。
作者は歌を詠んでいるときは歌人なのですから、「私は」の表現があってもいいのですが、教師としての立場とその考え方が反映した作品となっているのも、これもまた自然と言えるかもしれませんね。
他の卒業の短歌はこちらから