吉田松陰の辞世の句の意味を解説 和歌と漢詩全10首  

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吉田松陰の辞世の句の意味を解説 和歌と漢詩全10首

2022年10月27日

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吉田松陰の命日は10月27日。安政の大獄で投獄されて亡くなりました。30歳の時でした。

吉田松陰は刑死の前に辞世の句を残しています。

きょうの日めくり短歌は吉田松陰の最後の書きつけである「留魂録」より辞世の句の漢詩と和歌をご紹介します。

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吉田松陰の命日

10月27日は吉田松陰の命日です。

吉田松陰は高杉晋作や伊藤博文らが学んだ松下村塾(しょうかそんじゅく)を開きましたが、後に投獄されて安政の大獄で死罪となりました。

享年30歳でした。

吉田松陰とは

吉田松陰は高杉晋作などの幕末の志士たちに、影響を与えた江戸時代の学者です。

吉田松陰が亡くなった理由は尊王攘夷派に対する処罰でした。

吉田松陰は日米修好通商条約に絡んで幕府を批判、投獄された際の罪状は急進派の武士と会っていた、それを問われたのです。

江戸時代、幕府は尊王攘夷派に対する弾圧を開始、これが「安政の大獄」で吉田松陰は処刑を受けるところとなったのでした。

 

吉田松陰の辞世の句の漢詩

吉田松陰の辞世の句は漢詩と和歌によるものが有名です。

まずは、漢詩からご紹介します。

吾今爲國死死不背君親悠悠天地事鑑照明神

漢文で書いたのが上のもので、実際に読む場合は下のように読みます。

漢詩の読み下し文

吾今国の為に死す

死して君親に背(そむ)かず

悠悠たる天地の事

鑑照明神(かんしょうめいじん)に在り

漢詩の意味

この意味は

私は今国のために命を捧げる。 これは決して君や親に対する忠孝の道に背くことではない。 私の身がどうなろうと、天地の間の出来事は悠々と尽きることなく続き、私の行いも神がしっかりと見ていてくださる

 

「鑑照」とは「てらして明らかにする」の意味です。

刑場に引き出されたときに吉田松陰はこの漢詩を自ら朗詠し、皆がそれに聞き入ったと言います。

吉田松陰の和歌の辞世の句

松陰は和歌を多数詠んでいて、そのうち600首が今に残っています。

当時としても短命で命を絶たれた松陰が残した辞世の句が、中でも最も有名なのが、以下の和歌です。

親思ふこころにまさる親心けふの音づれ何ときくらむ

読み:おやおもう こころにまさる おやごころ きょうのおとずれ なんときくらん

和歌の意味

私が親のことを思う以上に親は私のことを思っていてくれている、それが親心というものだが、今日私が処刑されるという知らせの手紙をどのように思っておられるだろう。しのびないことだ

歌の中の「音づれ」とは、手紙のことをいいます。

この歌の詳しい解説は

 

身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも留め置かまし大和魂

読み:みはたとい むさしののべに くちぬとも とどめおかまし やまとだましい

和歌の意味

この体が、たとえ、武蔵の地に朽ちようとも、大和魂の魂はとどめおこう

死が予感されていてもなお、強い決意を詠った短歌が連ねられています。

この歌は獄中で死の前に記された最後の文章「留魂録」の最初に記された時世の和歌です。

歌よりもまず文章があったことになりますが、2通のうち1通が紛失、もう1通と記された歌だけが残されたものが伝わっています。

 

かくすればかくなるものと知りながらやむにやまれぬ大和魂

読み:かくすれば かくなるものと しりながら やむにやまれぬ やまとだましい

和歌の意味

こうすれば今のように、投獄や処刑となるだろうとも思いながらも、志を通そうとすればやむを得ない、それが大和魂だ

 

「かくすれば」の「かく」は「こうすればこうなる」の「こう」の意味が「かく」です。

「かくすればかくなるもの」の「か」「く」のカ行の連続、「やむにやまれぬ」の「や」の反復がみられます。

辞世の句なのであくまで心情が大切ですが、韻を踏む工夫もちゃんとされています。

 

以下は、「かきつけ終りて後」として記された以下の5首です。

「かきつけ」というのは「留魂録」を指すものと思います。

 

心なることの種々(くさぐさ)かき置ぬ思ひ残せることなかりけり

意味:心に浮かぶことは書いたので、思い残すことはない

 

呼びだしの声まつ外に今の世に待つべき事のなかりけるかな

意味:処刑の呼び出しの声を待つその他に、この世にあって待つべきものがないのだなあ

 

討れたる吾をあわれと見ん人は君を崇めて夷(えびす)払へよ

意味:刑死する私を人は哀れがるであろう。天皇を崇めて、情趣を解しない荒々しい人を排除せよ

 

愚かなる吾をも友とめづ人はわがとも友とめでよ人々

意味:私のような愚か者を友として愛でてくれた人は、私の友である。世の人々よ、その人たちを愛でてください

 

七たびも生きかえりつつ夷をぞ攘はんこころ吾忘れめや

意味:7回も生き返った武士たちを除く心を私は忘れない

吉田松陰の留魂録の一番最後の行がこの歌です。

7回生き返るというところは、足利尊氏に敗れた楠正成が自害する際に「七生滅賊」を誓ったこと。

この後松陰は刑死を受けることがわかっているのですが、生き返って志を続けるとの決意が述べられています。

「尊王攘夷」の「尊王」は、天皇を尊び、「夷(えびす)」を攘う(はらう=除く)という意味です。

上の歌の下句にも「夷を攘ふ」その意思が明確に書き表されています。

 

以上今日の日めくり短歌は、吉田松陰の辞世の句についてお伝えしました。

これまでの日めくり短歌一覧はこちらから→日めくり短歌




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