本歌取りとは和歌の修辞、表現技法のひとつです。
本歌取りが行われた有名な和歌を、新古今集や百人一首から一覧で示します。
本歌取りとは
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本歌取りというのは元の歌をそっくりまねて、新しい歌を作る方法をいいます。
本歌取りは万葉集の時代から大変多く見られ、和歌作成の方法としてその時代には抵抗なく推奨されていました。
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本歌取りの定義
本歌取りの定義は
ある特定の古歌の表現をふまえたことを読者に明示し、なおかつ新しさが感じ取られるように歌を詠むこと―出典:「和歌とは何か」渡部泰明
というものです。
本歌取りの条件
他に本歌取りが最も流行した新古今集の時には、本歌取りの条件としては以下のような指針が示されています。
- 最近70~80年以内の歌は使用しない
- 古い歌人の歌なら、2句までなら使ってよい
- 歌と同じ主題にすると新鮮味がなくなるのでジャンルを変える
上の三つは藤原定家が「詠歌大概」で提唱したものです。
本歌取りの和歌の例
本歌取りの和歌の例として、式子内親王の「玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることのよわりもぞするの歌を見てみましょう。
「玉の緒よ絶えなば絶えね」の本歌取り
この歌は和泉式部の「たえはてばたえはてぬらしたまのをにきみならんとは思ひかけきや」の本歌取りです。
それぞれの語句は以下のように対照できます。
「こぬ人をまつほの浦の」の本歌取りの例
他に、藤原定家の下の歌
こぬ人をまつほの浦の夕なぎに焼くやもしほの身もこがれつつ
これは、万葉集の
松帆の浦に朝なぎ 玉藻刈りつつ夕なぎに藻塩焼きつつ海人娘人(あまおとめ)
から作られたもので、この歌の本歌取りがなされているということになります。
「松帆の浦」の地名、「朝なぎ」から「夕なぎ」、「焼く」「藻塩」などが共通しています。
解説 こぬ人をまつほの浦の夕なぎに焼くやもしほの身もこがれつつ
もっともすぐれた本歌取りの例
最も優れた本歌取りの歌として、『和歌とは何か』であげられているのは「志賀の浦や遠ざかりゆく波間より凍りて出づる有明の月」です。
この歌は1199年の歌の優劣を競う歌合(うたあわせ)において「湖上冬月(こじょうのふゆのつき)」という題詠を与えられて詠まれた作品です。
志賀の浦や遠ざかりゆく波間より凍りて出づる有明の月
―新古今集冬639 藤原家隆
この歌の本歌は
さ夜ふくるままにみぎはや氷るらむ遠ざかりゆく志賀の浦波
―後拾遺集 冬419 快覚法師
本歌取りの工夫解説
これをどのように本歌取りしたのかというと、志賀の浦を上句に移動した他、「氷る」を用いたところです。
しかし、家隆の方は、「凍る」ものを、本歌の「みぎわ」から月にしたところで、「凍る月」は現代でも斬新さが感じられます。
この氷る月とはもちろん比喩なのですが、この句を持ってして一首があり来たりではない独創的な表現を持つものとなりました。
また「氷りて出づる」としたところで、月が凍って静止したのではなく、「出づる」の動きを加えた描写となったところにも特徴があります。
いわば、静止画像ではなく動画のようなダイナミズムが歌に加えられたのです。
『和歌とは何か』においては、この藤原家隆の歌が「本歌取りの最高峰」として紹介されています。
本歌取りの和歌一覧
以下に本歌取りの和歌を本歌取りの歌と元となった本歌を対照して表示します。
きりぎりす鳴くや霜夜のさむしろに衣かたしきひとりかも寝む
作者:後京極摂政前太政大臣(ごきょうごくせっしょうさきのだいじょうだいじん)
出典:百人一首91番 新古今集 518
この歌の本歌:
古今集「さむしろに衣かたしき今宵もや我を待つらむ宇治の橋姫」
万葉集「あしびきの山鳥の尾のしだり尾の長々し夜をひとりかも寝む」柿本人麻呂
解説:きりぎりす鳴くや霜夜のさむしろに衣かたしきひとりかも寝む
奥山にもみじ踏み分け鳴く鹿の声聞く時ぞ秋は悲しき
作者:猿丸太夫
この歌の本歌:
夕されば小倉の山に鳴く鹿は今夜は鳴かず寝にけらしも 舒明天皇 万葉集1511
解説:奥山にもみじ踏み分け鳴く鹿の声聞く時ぞ秋は悲しき 猿丸太夫
玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることのよわりもぞする
作者:式子内親王
この歌の本歌:
「たえはてばたえてはてぬべし玉のをにきみならんとは思ひかけきや」和泉式部
解説:玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることのよわりもぞする 式子内親王
駒とめて袖うちはらふかげもなし佐野のわたりの雪の夕暮れ
作者:藤原定家 新古今和歌集 巻六 冬歌 671
この歌の本歌:
「苦しくも降り来る雨か三輪が崎狭野(さの)のわたりに家もあらなくに」『万葉集』長忌寸意吉麻呂(ながのいきおきまろ)
駒とめて袖うちはらふかげもなし佐野のわたりの雪の夕暮れ 藤原定家
春の夜の夢の浮橋とだえして峰に別るる横雲の空
作者:藤原定家
この歌の本歌:
霞立つ末の松山ほのぼのと波に離るる横雲の空-新古今集37 藤原家隆
君をおきてあだし心をわが持たば末の松山波も越えなむ 古今集1093読み人知らず
解説:春の夜の夢の浮橋とだえして峰に別るる横雲の空 藤原定家
夕されば野辺の秋風身にしみて鶉鳴くなり深草の里
作者:藤原俊成
この歌の本歌:
野とならば うずらとなりて 鳴きをらむ かりにだにやは 君は来ざらむ
藤原俊成の他の本歌取りの歌
誰かまた花橘に思ひ出でむ我も昔の人となりなば 藤原俊成
本歌:(さつき待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする よみ人しらず古今和歌集 3-139 伊勢物語 60段)
思ひあまりそなたの空をながむれば霞を分けて春雨ぞ降る 藤原俊成
本歌:おもひかねてそなたの空をながむればただ山の端にかかる白雲 藤原忠通 詞花和歌集・381
夕されば野辺の秋風身にしみて鶉鳴くなり深草の里
作者:藤原俊成
この歌の本歌:
野とならば うずらとなりて 鳴きをらむ かりにだにやは 君は来ざらむ
ひとり寝る山鳥の尾のしだり尾に霜おきまよふ床のつきかげ
作者:藤原定家 新古今487
この歌の本歌:
あしびきの山鳥の尾のしだり尾のながながし夜をひとりかも寝む
作者: 柿本人麻呂
解説:あしびきの山鳥の尾のしだり尾のながながし夜をひとりかも寝む 柿本人麻呂
帰るさのものとや人のながむらん待つ夜ながらの有明の月
作者:藤原定家 巻13・恋歌(三)・1206番
この歌の本歌:
有明のつれなく見えし別れより暁ばかり憂きものはなし
作者:壬生忠岑
解説:帰るさのものとや人のながむらん待つ夜ながらの有明の月 藤原定家
かへりこぬ昔をいまと思ひねの夢の枕ににほふたちばな
作者: 式子内親王
この歌の本歌:
作者:
解説:かへりこぬ昔をいまと思ひねの夢の枕ににほふたちばな 式子内親王
ほのぼのと春こそ空に来にけらし天の香具山霞たなびく
作者: 後鳥羽院
この歌の本歌:
ひさかたの天の香久山この夕べ霞たなびく春たつらしも 万葉集(巻10-1812) 柿本人麻呂
作者:
解説:ほのぼのと春こそ空に来にけらし天の香具山霞たなびく 後鳥羽院
大海の磯もとどろによする波われて砕けて裂けて散るかも
作者:源実朝 金槐和歌集
この歌の本歌:
大海の磯もとゆすり立つ波の寄せむと思へる浜の清けく
-作者:不詳
伊勢の海の磯もとどろに寄する波恐(かしこ)き人に恋ひ渡るかも
-作者:笠女郎(かさのいらつめ)
解説:大海の磯もとどろによする波われて砕けて裂けて散るかも 源実朝
源実朝の他の本歌取りの歌
世の中は常にもがもな渚漕ぐ海人の小舟の綱手かなしも 源実朝
「世の中は常なきものと今ぞ知る奈良の都のうつろふ見れば」万葉集393
「みちのくはいづくはあれど塩釜の浦こぐ船のつなでかなしも」古今集1088
以上本歌取りの有名な例をご紹介しました。