季節の短歌

10月の短歌・和歌【有名20首】

10月は秋の深まりを感じる季節。

10月の短歌・和歌の有名な作品と10月の各記念日にちなんだ短歌を万葉集、古今集、近代短歌他からご紹介します。

10月の短歌

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10月は秋のちょうど中央の月で、秋が日に日に深まっていく季節の移ろいが感じられる時期です。

10月も後半になれば気温も下がり紅葉も各地にみられるようになります。

季節の変化にともなう憂いや寂しさを多く感じる秋は、多くの詩歌が生まれやすい季節といえます。

この記事では、古くからの和歌と短歌に詠まれた10月の短歌と和歌を有名歌集別にご紹介します。

 

10月の万葉集の短歌

まずは万葉集から本格的な秋に至る10月らしい短歌をご紹介します。

万葉集の10月の秋の歌はいずれも名作、秀歌ぞろいです。

秋山の黄葉を茂み迷ひぬる妹を求めぬ山道知らずも

(現代語訳)
秋山の黄葉が茂って道に迷っているのだろう妻を探そうとしても、山道を知らないことだ

作者は、柿本人麻呂 万葉集208の歌。

妻を亡くした人麻呂の挽歌です。

「道に迷っている」というのは、「亡くなった」を婉曲的に表現する言葉で、人麻呂の「泣血哀慟歌 きゅうけつあいどうか」という一連の作品の代表作です。

 

秋山に落つる黄葉ばしましくはな散り乱れそ妹があたり見む

(現代語訳)
秋山に落ち散る黄葉よ、しばらくの間は散り乱れるな。妻の家のあたりを見よう

柿本人麻呂 2-137

一連の歌。妻の葬られた山に顔を向ける作者の姿が浮かびます

 

夕されば小倉の山に鳴く鹿は今夜は鳴かず寝にけらしも

(現代語訳)
夕がたになるといつも小倉の山で鳴く鹿が今夜は鳴かない、多分もう寝てしまったのだろう

舒明天皇作の有名な歌。

雌を求めて鳴く鹿の悲痛な声が今日は聞こえない。「寝てしまった」は単に眠ってしまっただけではなく、妻を得たのだろうという含みがあります。

鹿は秋に鳴くとされているので季節が記されていなくても、その時代に読む人はそれだけで秋の歌とわかりました。

今は鹿の声は聞いたことがない人がほとんど出よう。

 

秋萩の散りのまがひに呼び立てて鳴くなる鹿の声の遙けさ 

(現代語訳)秋萩が散り乱れる中から妻を呼ぶ鳴く鹿の声が、はるか遠くから聞こえてくる

万葉集8-1550 の湯原王の歌

こちらも鹿の声とその前に、萩の花との秋らしい取り合わせがみられます。

萩は万葉集では一番多く詠まれた植物で、秋を代表する花です。

 

秋の田のかりほの庵の苫をあらみわが衣手は露にぬれつつ

(現代語訳)秋の田の傍にある仮小屋の屋根を葺いた苫の目が粗いので、私の衣の袖は露に濡れてゆくばかりだ

こちらは聖武天皇の1539の歌で百人一首にも採られている有名な歌です。

なぜ10月にふさわしいかというと、神嘗祭という10月の異称である神無月に行われる神事の祭りに詠まれた歌ですので、この場合の葉「秋」は10月を差しているのです。

 

あしひきの山の黄葉今夜こよひもか浮かびゆくらむ山川の瀬

(現代語訳)
山のもみじは、今夜もまたはらはらと散っては、 山川の深い谷間の川に浮かんで流れて行くことだろう

大伴 書持(おおとも の ふみもち)作。

夜の紅葉を詠んだ歌として有名です。

実際に目にした光景ではなくて、思い浮かべた紅葉であるだけに現王的な趣の和歌です。

 

秋の野のみ草苅り葺き宿れりし宇治の宮処(みやこ)の仮廬(かりいほ)し思ほゆ

現代語訳 秋の野原に生える草を刈ってそれを屋根に敷いて泊まった宇治の仮宿がなつかしく思いだ在れます

万葉集7の額田王作。

秋に泊まった宿りを後に思い出すという歌です。

額田王の代表作については

※万葉集の和歌一覧はこちらから。

万葉集の和歌一覧まとめと解説 現代語訳付き

 

10月の古今集の和歌

ここからは古今集の時代の、有名な秋の歌を紹介します。

ちはやぶる神世も聞かず竜田川 からくれなゐに水くくるとは

(現代語訳)不思議なことが多かった神代にも聞いたことがない。龍田川が水を美しい紅色にくくり染めにするなんて

作者:在原業平朝臣(ありわらのなりひらあそん)

出典:百人一首 17 「古今集」

在原業平の紅葉の色彩にポイントが置かれた歌で、業平の代表的な作品です。

上句の対比や下句の比喩が印象的な作品です。

 

心あてに折らばや折らむ初霜のおきまどはせる白菊の花

(現代語訳)もし折るのなら当て推量で折ろうか。初霜が置いてその白さで霜か菊かと人を困惑させれている白菊の花よ

作者:凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)

出典:古今集 秋下・277 百人一首 29番

白菊と初霜の取り合わせ。季節は晩秋であることがわかります。

 

寂しさはその色としもなかりけり槙立つ山の秋の夕暮れ

現代語訳:この寂しさは特に秋めいた色も含めて、どこからというわけでもないことだ。真木の生い立つ山の秋の夕暮れよ。

作者:寂蓮法師 (じゃくれんほうし)

出典:新古今和歌集 361 他「寂連法師集」

「夕暮れ」止めで終わる「三夕の歌」として有名な作品。

地味な色彩の風景に秋の季節の喚起する寂しさを表現します。

 

見る人もなくて散りぬる奧山の紅葉は夜の錦なりけり

(現代語訳)見る人もないまま散ってしまう奥山の紅葉は夜の錦なのであったよ

作者:紀貫之

出典:古今297

見る人のない紅葉が散る晩秋の風景。

「夜の錦」から月の光でのほの暗い中での鑑賞を思わせます。

古今和歌集と紀貫之 代表作和歌一覧まとめ

 

10月の新古今集の和歌

ここからは新古今集の時代の、有名な秋の歌を紹介します

桐の葉も踏みわけ難くなりにけり必ず人を待つとなけれど

(現代語訳)桐の葉も踏まなければ歩けないほど深く積もってしまった。もっとも人を待っているというわけではないのだけれども

作者:式子内親王(しょくしないしんのう)

出典:新古今集 秋歌下

下句「人を待っているというわけではない」といいながら、思わずにはいられない恋の気持ちを表しています。

桐の葉も踏みわけ難くなりにけり必ず人を待つとなけれど 式子内親王

 

ながめわびぬ秋よりほかの宿もがな野にも山にも月やすむらん

(現代語訳)どこか秋でない住みかがないものか。しかし野にも山にも月は澄んで、遁れるすべはないのであろう

作者:式子内親王(しょくしないしんのう)

出典:新古今集 秋歌下

新古今集の「百首歌たてまつりし時、月歌」より。

複雑な内容の歌です。

 

きりぎりす夜寒に秋のなるままに弱るか声の遠ざかりゆく

(現代語訳)きりぎりすは秋の夜寒となるにつれて弱ってしまうだろうか。その鳴き声も日々遠ざかっていく

作者:西行(さいぎょう)

出典: 『新古今集』秋

晩秋、細っていく虫の音に着目した歌です。

 

み吉野の山の秋風小夜ふけてふるさと寒く衣うつなり

(現代語訳)吉野の山を秋風が吹き渡る。夜が更けて古い都の遠くから衣を打つ砧の寒い音が聞こえてくる

作者:参議雅経

出典: 『新古今集』秋・483 百人一首94

音に焦点を当てて秋の夜の寒さを表現しています。

み吉野の山の秋風さ夜更けて古里寒く衣打つなり 百人一首94 飛鳥井雅経

 

きりぎりす鳴くや霜夜のさむしろに衣かたしきひとりかも寝む

(現代語訳)こおろぎが鳴く霜の降りた夜の寒々とした筵の上に衣の片袖を敷いて、一人寂しく寝るのだろうか

作者:後京極摂政前太政大臣(ごきょうごくせっしょうさきのだいじょうだいじん)
(別名=藤原良経)

出典:百人一首91番   新古今集 518

キリギリスとはコオロギのこと。

虫の音はいかにも秋の深まりを感じさせます。

 

行く末は空もひとつの武蔵野に草の原よりいづる月影

(現代語訳)私の向く果てのは空とひとつに交わる武蔵野の草の原から上ってくる月の影よ

作者:藤原良経

出典:新古今422 秋

風景に奥行きを持たせた藤原良経の歌はやはり別格といえましょう。

 

散りかかる紅葉の色は深けれど渡ればにごるやまがはの水

(現代語訳)山峡の谷川の流れに散りかかる紅葉の色は深く美しいが川を渡ってゆくと水が濁ってしまう

作者:二条院讃岐 にじょういんのさぬき

出典:新古540

 

「10月」を詠み込んだ短歌

ここからは、「十月」を直接詠み込んだ短歌をお知らせします。

十月の朝の空気に/あたらしく/息吸ひそめし赤坊のあり 石川啄木

机かけの紺青のうへにただひとつピンが光れる十月の朝  前田夕暮

日は黃なり斑斑として十月の風みだれたる木の間に人に 若山牧水

秋の光しづかに差せる通り来て店に無花果の実を食む十月二十二日 斎藤茂吉

晩秋の十月九日目白台にオオシイツクツク声低く鳴く 窪田空穂

 

神無月の短歌

10月の別名である神無月を詠み込んだ短歌です。

神無月の和歌 新古今集より

神無月おなじ木の葉のちる音もけふしもなごりなき心地する 藤原定家

手向けしてかひこそなけれ神無月もみぢは幣と散りまがへども 藤原定家

神無月三室の山の山颪に紅くくる龍田川かな 式子内親王

神無月木の葉ふりにし山里は時雨にまがふ松の風かな 源実朝

神無月しぐれふればかなら山のならの葉がしは風にうつろふ 源実朝

神無月の短歌 近代短歌より

神無月黃なる大木の廣葉より露しどけなくくだす朝かな  与謝野晶子

草紅葉霜にさびゆく神無月朝晴の野を飛ぶ鳥もなし  伊藤左千夫

神無月空の果てよりきたるとき眼ひらく花はあはれなるかも  斎藤茂吉

神無月合歓の老木のもみぢ葉のすでにわびしく濡れわたるめり 北原白秋

秋の現代短歌はこちらから

秋の短歌 近代・現代短歌から

 

10月の短歌カレンダー

ここからは10月の短歌カレンダーです。

10月の記念日と歌人の忌日、イベントにちなんだ短歌を日別にご紹介します。

10月1日の短歌

1日はコーヒーの日です。

ふるさとの訛りなくせし友といてモカ珈琲はかくまでにがし 寺山修司

10月10日の短歌

10日は鳥の日です。

金色のちひさき鳥のかたちして銀杏ちるなり夕日の岡に 与謝野晶子

10月18日の短歌

18日はドライバーの日です。

縁ありて品川駅まで客とゆく第一京浜の夜景となりて

「ポンコツになつてしまった母だけど」高山邦男歌集『インソムニア』

10月22日の短歌

22日は中原中也の忌日である中也忌です。

晩秋の乳色空に響き入るおお口笛よ我の歌なる

火廻りの拍子木の音に此の夜を目ざめて遠く犬吠ゆを聞く

【解説】『汚れつちまつた悲しみに…』中原中也の代表作

10月27日の短歌

吉田松陰の命日、松陰忌です。

親思ふこころにまさる親心けふの音づれ何ときくらむ 吉田松陰の和歌

10月29日の短歌

29日は手袋の日です。

ゆびというさびしきものをしまいおく革手袋のなかの薄明 手袋の短歌

手套を脱ぐ手ふと休む何やらむこころかすめし思ひ出のあり 石川啄木【日めくり短歌】

10月30日の短歌

30日は「初恋の日」です。

砂山の砂に腹這ひ初恋のいたみを遠くおもい出づる日/石川啄木/意味と句切れ

以上10月の和歌と短歌をご紹介しました。

秋は詩心をくすぐられる季節、外を眺めて秋の深まりを感じたら、ぜひ歌に詠んでみてくださいね。




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