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写生の悟りと青草集 初秋の歌 濃霧の歌~長塚節の歩み

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小説「土」の作者でもある家人長塚節の作品を年代順に追います。

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■長塚節の短歌と生涯 第1回目
根岸庵 ゆく春~長塚節初期の短歌

子規の逝去後も、節はさらに独自の研さんを積んでいく。

写生の歌の悟り

南瓜(たうなす)の茂りがなかに抽(ぬ)きいでし莠(はぐさ)そよぎて秋立ちぬらし(明治39年)

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「写生の歌はここだと悟った」と節が語ったと言われる歌。

同じ子規門の歌人と比べて「こういう歌風は節の発明にかかるものだと言ってもいいのである」(茂吉)

「万葉の歌はおもしろいがいつでも万葉らしいものでは一定の模様を形づくってしまう」(中略)として、37年頃は俳句の方法と比較して、「写生」や「客観」の歌を模索していた。

評価を高くした初秋の歌

小夜ふけに咲きて散るとふ稗草(ひえぐさ)のひそやかにして秋さりぬらむ
目にも見えず渡らふ秋は栗の木のなりたる毬のつばらつばらに
馬追虫(うまおひ)の髭のそよろに来る秋はまなこを閉ぢて想い見るべし
おしなべて木草に露を置かむとぞ夜空は近く相迫り見ゆ
芋の葉にこぼるる玉のこぼれこぼれ小芋は白く凝りつつあらむ
青桐(あをぎり)は秋かもやどす夜さればさわらさわらと其(その)葉さやげり

茂吉は「万葉集の四季の歌にも無論こういう歌はない」、類似を求めるとすれば「芭蕉を中心とした元禄の俳諧」を挙げている。

転機となる濃霧の歌

群山(むらやま)の尾ぬれに秀(ひ)でし相馬嶺(ね)ゆいづわきいでし天つ霧かも
ゆゆしくも見ゆる霧かもさかさまに相馬が嶽(たけ)ゆ揺りおろし来ぬ
はろばろに匂へる秋の草原を浪(なみ)の偃(は)ふごと霧せまりしも
秋草のにほへる野辺をみなそこと天つ狭霧はおり沈めたり
うつそみを掩ひしづもる霧の中に何の鳥ぞも声立てて鳴く(明治41年)

これまでの繊細精緻な歌と比較して、荘重雄渾な歌。
「ゆ」は、動作・作用の起点を表す。「~から」 動作の移動・経由する場所を表す。「~を通って」の意味の格助詞。

このあと42年から「土」を含む小説の執筆になり、歌は発表されていない。







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