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春の短歌 現代短歌と近代 俵万智,穂村弘,加藤治郎,梅内美華子,佐藤佐太郎,清水房雄他

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春の短歌で思い出した歌や好きな歌を集めてみました。

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現代短歌の春の歌から

目次

春という季節を詠んだ詩歌や、短歌だけではなく、詩にもたくさんあります。

クラシック音楽でもビバルディの「春」など、春を題名やモチーフにする曲もさまざま思い出されますね。

それだけ新鮮な気持ちになれる季節なのでしょう。

歌人の春を詠んだ作品にはどんなものがあるでしょうか。

 

早春のアンビバレンス日記にはただ〈∞(無限大)〉の記号をしるす

作者:俵万智

青春期のような若い感じのする歌ですが、「風のてのひら」から。

春という始まりの季節に向けての気持ちの乱れを、文字ではなく可視化できる記号として表したという歌。

現代短歌は、このように現在形で詠むことが多いようです。

妻という安易ねたまし春の日のたとえば墓参に連れ添うことの

俵万智さんのこちらも有名な作品。

婚外恋愛、いわゆる不倫が題材の「チョコレート革命」から。

「春の日」はここでは、妻という立場にある人の安逸を表す象徴として、歌に詠まれます。

ハーブティーにハーブ煮えつつ春の夜の嘘つきはどらえもんのはじまり

作者:穂村弘

「春の夜の嘘つき」という、つながりが面白い。

「春の日」や「冬の夜」だと深刻になってしまいそうです。

一人いる気持ちの緩い夜に心に浮かぶ「嘘」なのでしょう。

 

ゆめのようにからっぽだけど遊園のティーカップにふる春のあわゆき

作者: 加藤治郎

誰も乗っていない遊園地のティーカップを眺めたときの歌。止まっているティーカップに春の溶けやすい淡雪が降りかかる。人はいなくても、雪が慰めのようにも思えます。

「ゆめのように」は「ゆめのようにからっぽ」ではなくて、「ゆめのように・・・ふる」にかかると思っていいでしょうか。

「ゆめ」が「夢」でなく、ひらがなであるところも注目しましょう。

 

給油所に赤く灯れるアポロンの横顔の先に春はひろがる

作者:梅内美華子

風俗的なものや風景を詠む込むのは現代短歌にはよくあるモチーフですが。顔の先、ということは、空と空間に春らしい空気や景色が見えてきているということでしょうか。




近代の短歌から

ここからはもう少し古い時代の短歌からご紹介します。

ひとところあけおく窓ゆかよひ来て灯かげにうごく春の夜の

作者:若山牧水

「窓ゆ」の「ゆ」は「から」の意味。

他に「春の日のひかりのなかにつぎつぎに散りまふ桜かがやきて散る」

 

四月七日午後の日広くまぶしかりゆれゆく如く揺れ来るごとし

作者:窪田空穂

日付から始まるめずらしい歌。

日付を詠み込むのは斎藤茂吉の「橡の樹も今くれかかる曇日の七月八日ひぐらしは鳴く」にもありました。

下二句は春の光が波のように、揺れて行くもののような、あるいは揺れてこちらに近づくような、揺らぎの表現なのでしょう。

 

ながらへてあれば涙のいづるまで最上の川の春ををしまむ

作者:斎藤茂吉

「白き山」から最も多いモチーフの最上川を詠った一連の中の歌。終戦を経た作者が、老いを迎えながら、逢うことのできる数少ない春を心から惜しむ、そういう心境の歌です。

 

春の夜のともしび消してねむるときひとりの名をば母に告げたり

作者:土岐善麿

土岐善麿の有名な歌です。

心に思う女性の名前が胸にある。

母と隣り合って眠ろうとするとき、明かりの中ではなく、暗がりの中で、その女性の名前を母に言うという場面を詠んだ美しい歌です。

焼け原に春還り来る きさらぎの風の音聞けば、死なざりにけり 釈迢空

釈迢空、折口信夫は養子にした藤井春洋を戦争で亡くしました。

春洋は男性ですが折口の思い人で、嘆きは深く終生消えることはありませんでした。

終戦となって春が来ましたが、思い人は帰らない。春が「還り来る」というのは、そういう気持ちが込められているでしょう。

二月の風の音を聞けば、自分は死ななかったのだなあ、作者が寂しくもそういう感慨を持ったという歌です。




再び現代に近い歌

ここからは、現代短歌でも近代に近い方の時代の短歌をあげます。

みづからの光のごとき明るさをささげて咲けりくれなゐのバラ

作者:佐藤佐太郎

赤いバラの明るさ。「ささげて」は捧げて、ですが、あるいは、薔薇は少し傾いて咲いていたのかもしれません。

咲く花に敬虔を感じている作者がうかがえます。他にも「桃の葉はいのりの如く葉を垂れて輝く庭にみゆる折ふし」というのが代表的な歌です。

「春」という言葉はありませんが、春の歌に入れてみました。

 

鳰のうみに鮎子さばしる春来むと光は長し天に地に水に 清水房雄

鳰(にお)はカイツブリともいう水鳥で「鳰のうみ」は琵琶湖のことです。

さばしるの「さ」は接頭語。鮎がすばしこく泳ぐ春が来ると言わんばかりに、光が天地に、そしてもちろん水面にも満ちているという、水の上の春の光を詠います。

 

れんげうのひとかたまりの黄の色はさだまりてゆく月の光に

作者: 河野愛子

早春の花として真っ先に浮かぶのはレンギョウという人も多いでしょう。真っ直ぐに伸びる枝の周りに花が付きます。

夜になって、月の光に冴えてはっきりとみえるようになることを作者は「さだまりてゆく」と表しています。

 

花冷えの夜に取りいだすヒーターは埃のにほひたてて点りぬ

作者: 上田三四二

「花冷え」という美しい言葉で、春の夜の寒さに、しばらくぶりにストーブを付けてみたら冬からの時間がたったので埃っぽいという、季節の移ろいの日常を詠ったもの。

「においたてて点りぬ」には何となくほっとする感じがあります。

他にも「夕かげのなかに桜はほの明る清らをつくし冴えまさるなり」など。

 

あかときの大島桜ほのぼのと夢のつづきの花ゆれやまぬ

作者: 岡野弘彦

夜明けに見た桜の花がほのぼのとして、それが夢の続きのようにゆれてやまないという情景を詠ったもの。

この作者特有の柔らかく整った調べ、そして、見るものが何か心と結びつくような美しい光景です。

 

朴(ほお)の木の芽吹きのしたにかそかなる息するわれは春の山びと
年ごとにわが老見えて紅霞(べにがすみ)春のねむりの奥(おき)にただよふ

作者: 前登志夫

今年生誕百年の歌人。

吉野の「山びと」として、そこに住まなければ見えないような景色、そして山の人でなければ得られないような境地が、この作者の歌の中にはつぶさに現れています。

それぞれの歌人の詠む春の短歌、いかがでしたでしょうか。

また折に触れてご紹介していきたいと思います。





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