石川啄木

石川啄木「一握の砂」から恋愛の短歌 教師橘智恵子と小奴他相聞歌

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こんにちは。まる @ marutanka です。
既に書いている『一握の砂』から、石川啄木の恋愛の短歌、「相聞歌」と短歌のジャンルでは言いますが、それを読んでいきたいと思います。

 

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『一握の砂』における石川啄木の恋愛の短歌

啄木の恋愛の短歌は、『一握の砂』では、北海道流離時代の「忘れがたき人々」に見られます。

函館、札幌、小樽、釧路などで出会った人々の回想を詠んだもので、その中に恋愛の対象となった人のことも登場します。

函館の代用教員時の同僚の女教師、橘智恵子を詠んだ「忘れがたき人々2」の22首、

それから、芸妓の小奴を詠んだ12首。歌の中にそのまま小奴の名が出てきます。

その他に看護婦の梅川ミサホ、寺の住職の娘である小菅まさえといった女性ともかかわりがあったと言われています。

小学校の女教師 橘智恵子

中でも、もっとも恋愛の歌らしいものは、小学校の女教師、橘智恵子との思い出です。

もっとも、啄木が函館に渡ったのが明治40年5月5日22歳の時で、6月11日にこの小学校の代用教員となり、9月13日には札幌に移ったとされていますから、その間わずか3か月程度の、「心のふれあい」であったと思われます。

そのような短い期間のことであるのに、歌はその人への思いを語ってやまず、『一握の砂』の中の清涼な一連となっています。

啄木は、のちに歌集『一握の砂』を彼女に送り、思いを伝える手紙を書いてもいますので、他に名前の挙がっている3人との肉体的な関りよりも、スピリチュアルな関係であった智恵子への思慕の方が強かったようです。

あるいは、文通したりできあがった歌集を送ったりして、歌に詠むうちに恋心として定着したというようなものであったとも思われます。

まずは、山中への相聞歌を中心に読んでみます。

 

石川啄木『一握の砂』相聞歌現代語訳

「忘れがたき人々 2」より

 

いつなりけむ夢にふと聴きてうれしかりしその声もあはれ長く聴かざり

現代語訳:いつのことだったろう。夢にふと聴いてうれしかったその声も、ああ、長いこと耳にしてはいない。

 

頬の寒き流離の旅の人として路問とふほどのこと言ひしのみ

現代語訳:頬に当たる空気を冷たいと感じる一時の旅人として、道をきくほどのことを、その人に言っただけだ

註:上に書いたように、「君」との触れ合いは、わずか3か月の間だった。

 

さりげなく言ひし言葉はさりげなく君も聴きつらむそれだけのこと

現代語訳:さりげなくいった言葉はさりげなく君も聞いたことだろう。ただそれだけのことだ

 

ひややかに清き大理石(なめいし)に春の日の静かに照るはかかる思ひならむ

現代語訳:冷たく清い大理石に春の日が静かに照るというのは、このような思いなのだろう

 

世の中の明るさのみを吸ふごとき黒き瞳の今も目にあり

現代語訳:世の中の明るさだけを吸うような黒い瞳の今も目に残っている

註:彼女に向い合った時の啄木の印象だろう。おそらく苦労のない人のように、啄木の眼には映ったのだろう。

 

かの時に言ひそびれたる大切の言葉は今も胸にのこれど

現代語訳:あの時に言いそびれた大切な言葉今も胸に残っているのだが

註:啄木にしては口ごもるような、心の内を暗示するものとなっている

 

人がいふ鬢のほつれのめでたさを物書く時の君に見たりし

現代語訳:人が言った鬢のほつれの美しいということを、字を書いている時の君の横顔に見出したのだった

註:これもまた、啄木の視線。

 

馬鈴薯の花咲く頃となれりけり君もこの花を好きたまふらむ

現代語訳:じゃがいもの花が咲くころとなった。君もこの花を好まれることだろうか

花をみて女性を偲ぶというのは常套だが、啄木が言うとめずらしく思える。

 

山の子の山を思ふがごとくにもかなしき時は君を思へり

現代語訳:山の子が故郷の山を思うように、愛しく悲しいときは君を思う

註:「ふるさとの山はありがたきかな」を思い出すが、短い間に生まれた思いは真剣だったのかもしれない。

 

忘れをればひょっとした事が思ひ出の種にまたなる忘れかねつも

現代語訳:忘れていればちょっとしたことがまた思い出の種として忘れかねているのだなあ

 

病むと聞き癒しと聞きて四百里(しひやくり)のこなたに我はうつつなかりし

現代語訳:君が病気だと聞いて治ったと聞いてそのたびに400里もはなれているというのに、私はそわそわして落ち着かない

 

君に似し姿を街に見る時のこころ躍どりをあはれと思へ

現代語訳:君に似た人の姿を町に見かけるときに、胸が躍るのをかわいそうだと思ってくれ

 

かの声を最一度(もいちど)聴かばすっきりと胸や霽(は)れむと今朝も思へる

現代語訳:君のあの声をもう一度聞けば、すっきりとこの胸がはれそうだと今朝もまた思う

 

いそがしき生活(くらし)のなかの時折のこの物おもひ誰(たれ)のためぞも

現代語訳:いそがしい生活の中の時折のこの物思いは誰のためか、君のためだがなあ

 

しみじみと物うち語る友もあれ君のことなど語り出いでなむ

現代語訳:しみじみと物語れるような友だちがいるといいのに、それなら君のことも語り始められるのに

 

死ぬまでに一度会はむと言ひやらば君もかすかにうなづくらむか

現代語訳:死ぬまでに一度だけ会おうと言ってやれば、君もかすかにうなづくだろうか

 

時として君を思へば安かりし心にはかに騒ぐかなしさ

現代語訳:時に君を思うと、安らいでいた心が急に落ち着かなくなるかなしさよ

 

わかれ来きて年を重ねて年ごとに恋しくなれる君にしあるかな

現代語訳:別れてきて何年も経つが年が経つほど恋しくなる君なのだなあ

 

石狩の都の外の君が家林檎の花の散りてやあらむ

現代語訳:石狩の郊外にある君の家には林檎の花が散っていることだろう

 

長き文三年のうちに三度来ぬ我の書きしは四度にかあらむ

現代語訳:長い手紙が3年のうちに3度来た。自分の書いたのは4度であったろう

註:別れた後で、啄木と智恵子は手紙を交わしたのだが、明治42年智恵子が退院を知らせたものが残っている。

また啄木からの手紙に「歌の秀一部お送りいたせし筈に候ひしが御落手下され候や、否や、そのうち或るところに収めし二十幾首、きみもそれとは心付給ひつらむ。塵埃の中にさすらふ者のはかなき心なぐさみを、あはれとおぼし下され度し」と書いており、上の一連について彼女に自分の心を訴え、さらに、歌集を贈ることで、それを彼女に知らせたことになっている。

歌だけを見ると、あるいは作品を描くためのモデルかとも思ったが、妻に見られないように書いた『ローマ字日記』にも智恵子についての記載があり、思慕は本当のものであったようだ。

 

次のページは、啄木の交際相手として有名な、芸妓小奴他を呼んだと思われる歌を取り上げます。

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