ひかりさす松山のべを越えしかば苔よりいづるみづを飲むなり 斎藤茂吉『ともしび』  

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ひかりさす松山のべを越えしかば苔よりいづるみづを飲むなり 斎藤茂吉『ともしび』

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ひかりさす松山のべを越えしかば苔よりいづるみづを飲むなり

斎藤茂吉『ともしび』から主要な代表作の短歌の解説と観賞です。
このページは現代語訳付きの方です。語の注解と「茂吉秀歌」から佐藤佐太郎の解釈も併記します。

他にも佐藤佐太郎の「茂吉三十鑑賞」に佐太郎の抽出した『ともしび』の歌の詳しい解説と鑑賞がありますので、併せてご覧ください。

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ひかりさす松山のべを越えしかば苔よりいづるみづを飲むなり

歌の意味と現代語訳

晩春の光あふれる松山を越えていったので、苔むす泉の湧水を飲んだのであった

出典

「ともしび」大正14年

歌の語句

松山のべ・・・「べ」は漢字「辺」。~のところ、~のあたり。
・「窓辺」に同じ。
・「松山」は地名ではなく、松の生えている山。
・越えしかば・・・過去の助動詞『き』の已然形「しか」+ば  訳と意味は「〜すると、〜ので」

表現技法

句切れなし

 

解説と鑑賞

山形の実家隣の寺、蓮華寺に窿応和尚を見舞う。寺の周囲の松の生えている低い山を歩いて、途中に水を飲んだという出来事をうたっている。

故郷を訪れた安らぎもあるのだろうか。幼少の時から接触のある親代わりのような和尚の元で詠まれる歌は、この一連に限らず、いずれも静謐で美しい。

和尚は「病みこやりたる」状態で壮健ではなかったが、火難の後忙しいばかりの作者には、静かで慰められるひと時でもあったに違いない。

作者の次男北杜夫は、この一連を指して「『赤光』の再来」と言っている。塚本邦雄も同じう、一連よりは、この歌でなく

かぎろひの春山ごえの道のべに赤がげるひとつかくろひにけれ

を挙げている。

他にも

かぎろひの春なりければ木の芽みな吹き出る山べ行きゆくわれよ
蛇の子はぬば玉いろに生れたれば石の間(ひま)にもかくろひぬらむ

など、小さきものを詠って、天真爛漫な抒情は止むところがない。

また、この一連については、岡井隆の鋭い考察がある。

佐藤佐太郎の評

単純に因と果をいったような表現は、「万葉集」巻二十、元正しい天皇の「あしひきの山行きしかば山人の朕(われ)に得しめし山つとそこれ」を思わせるところがある。

一首はほがらかでひびきがかたくそして清澄である。「ひかりさす松山のべを」とか「苔よりいづるみづ」とかは、そういう気持ちを起させる大切な要素だが、この単純でしかも充実した言葉の光輝はいつになっても褪せるということがないだろう。

「茂吉秀歌」佐藤佐太郎

一連の歌

近江蓮華寺行

右中山道(なかせんだう)みちひだりながはま越前(ゑちぜん)みちとふ石じるしあはれ

山なかのみ寺しづかにゆふぐれて窿応上人(りゆうおうしやうにん)は病(や)みこやりたる

ひかりさす松山のべを越えしかば苔よりいづるみづを飲むなり

さ夜なかにめざむるときに物音(ものと)たえわれに涙(なみだ)のいづることあり






-ともしび

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