教科書の短歌

海恋し潮の遠鳴りかぞえては少女となりし父母の家/句切れと意味与謝野晶子

投稿日:

「海恋し潮の遠鳴りかぞえては少女となりし父母の家」

与謝野晶子の有名な短歌代表作品の現代語訳と意味、句切れと修辞、文法や表現技法などについて解説、鑑賞します。

スポンサーリンク



海恋し潮の遠鳴りかぞえては少女となりし父母の家

読み:うみこいし しおのとおなり かぞえては  おとめとなりし ちちははのいえ

作者と出典

与謝野晶子『みだれ髪』

現代語訳

海が恋しい 遠く伝わる海の波音を聞きながら、少女から娘へと育っていったあの父母の家が

文法と語の解説

・初句切れ

・潮の遠鳴り…潮は海の浪の音 遠鳴りは、波の音が遠くから響いてくること

・かぞえては・・・「かぞふ」が基本形の動詞

・をとめとなりし・・・をとめ「乙女」は「少女」の意味もあるが、ここでは若い娘との意味

・父母の家・・・実家のこと

表現技法

・「海恋し」の初句切れで、印象的に一首を始めている

・「父母の家」は体言止め




解説と鑑賞

作者の生家を懐かしんで歌う一首。

与謝野晶子の生家

与謝野晶子の生家は阪堺電気軌道「宿院駅」からすぐの歩道上にあり、現在は家はなく、この歌の刻まれた歌碑があるが、大阪湾にも近いところで、実際にも海の音が聞こえたに違いない。

一首は、「父母の家が恋しい」のではなくて、普遍的でもある「海」にポイントを当て、初句切れで歯切れよく、「海が恋しい」と詠嘆の口吻そのままのように、恋い慕う気持ちを伝えて始まる。

「数えては」は、数を数えるのではなしに、波の音一つ一つをいつくしむような様子がうかがえる。

「をとめとなりし」の「乙女」は、少女期を過ぎた、若い女性である時期を言うのだろう。生家と同様に、初々しくも通り過ぎた年月と故郷をも懐かしむ気持ちを伝えている。

また生家を単に「家」とするのではなく、「父母の家」とすることで、より守られて育った、幼い可憐な少女期を類推させる。

今は作者はその時期を通り過ぎて、「海」「父母の家」として、自分の育った家庭を懐かしむということで、大人になった作者の姿も読み手に同時に想像させられるものとなっている。

この歌を読み終える読者もまた、作者と共に、一つのイニシエーション、青春期から大人への通過を果たし、故郷と若き日を懐かしむ気持ちになるに違いない。

「遠い潮鳴り」は、ロマンを感じさせる言葉で、海の音が遠くから伝わることとを表しているのだが、この「遠い」は、、むしろ今は遠ざかってしまった青春期への時間的な間隔をも含む。

その「遠い」に読み手もまた耳を澄まし、胸の奥深くに鳴り響くかのような、過ぎ去った時代への感慨を呼び起こすことができるだろう。





tankakanren

-教科書の短歌
-

error: Content is protected !!

Copyright© 短歌のこと , 2019 All Rights Reserved Powered by STINGER.