短歌

与謝野晶子『みだれ髪』「春みじかし何に不滅の命ぞとちからある乳を手にさぐらせぬ」

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前の記事(与謝野晶子代表作「やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君」とは誰か)で、「君」を与謝野鉄幹とする説について書きました。

ならば、「みだれ髪」は鉄幹との愛の記録でもある、その視点から与謝野晶子の「みだれ髪」を読み直してみました。

 

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与謝野鉄幹との愛の深まり

元々が空想的な傾向の強い明星派ですので、実体験に即しているかどうかはともかくとして、事実がベースになっていることは間違いないでしょう。

「みだれ髪」を時間順のものとして見て、

「狂ひの子われに焔ほのほの翅はねかろき百三十里あわただしの旅」と、晶子が鉄幹に会いに、状況をしたことを示す歌があります。

そして、そのあとに「うつくしき命を惜しと神のいひぬ願ひのそれは果してし今」続くので、歌の順番の通りだとすると、晶子の「願い」は上京の後において遂げられたことが明らかです。

さらに、歌集題名にもなった「みだれ髪を京の島田にかへし朝ふしてゐませの君ゆりおこす」の歌がここにあり、その「願い」とは、晶子が鉄幹とこの時点で一夜を共にしたことを指すことになるでしょう。

 

『みだれ髪』より恋愛の短歌

一首ずつを読んでいってみます。

髪五尺ときなば水にやはらかき少女(をとめ)ごころは秘めて放たじ

意味:
5尺あるこの髪を解いて浸すと、水に柔らかに髪がただよう。その少女の恋の思いは、心に秘めて明かしますまい

その子二十櫛にながるる黒髪のおごりの春のうつくしきかな

意味:
20歳になったばかりのその子の櫛デスクと流れるようなふさふさした黒い髪の青春のうつくしさよ

みだれ髪を京の島田にかへ(え)し朝ふしてゐ(い)ませの君ゆりおこす

意味:
乱れた髪を島田に結いなおして、朝にそれまで寝ていてくださいね、と言った相手の君を揺り起こす

鉄幹と一夜を共にした、その朝のことを詠んでいます。

病みませる うなじに細き かひな巻きて 熱にかわける 御口を吸はむ

意味:
腕枕して、病んでいらっしゃるあなたの乾いた口を吸ってしまいたい

風邪を引いたという鉄幹に送ったもので、お見舞いの歌なのでしょうか。

春みじかし 何に不滅の命ぞとちからある乳を 手にさぐらせぬ

意味:
人生は永遠ではないのだからと、自分の張りのある胸にあなたの手を導く

家庭があるなどという矮小な見識を越えて、命の短さを説く晶子。

初句切れといい、二句の強意、「ちからある」の意志の強さを同時に示す、乳の形容。
「さぐらせぬ」の使役が晶子の主導する姿勢を表しています。

これほどのたくさんの歌が短期に生まれたのは、やはり恋愛が、それも道ならぬ恋を何とか通そうと、鉄幹に向けて書き送ったことが背景にあるでしょう。

その歌を見る相手が、同時に恋愛の相手であることから、おのずから歌も良きものとしようという鍛錬がなされ、歌を読むことでまた恋慕の意思も確固たるものともなったと思われます。

 

歌集『みだれ髪』背景

『みだれ髪」が出たのは、作者名は与謝野姓になる前で、まだ「鳳(ほう)晶子」となっていました。 

明治時代のことで、奔放大胆な官能的な表現と、解放された自我の感情過多の表白は世を驚かせ、ほとんどスキャンダルめいた印象を与えたので、賛否両論の渦に巻き込まれたといいます。

けして、最初から高い評価をストレートに得たというわけではなかったのです。

というのは、当時の新詩社の歌は、独特な新しいスタイルを持ち、その頃の晶子の短歌も、新詩社の同人同士でしかわからないような、晦渋な比ゆ的、隠語的表現の空想家が多く、自己陶酔の大げさな身振りに満ちていました。

その難解さが、当時この歌集の斬新な魅力でもあったのですが、のちに晶子は、『みだれ髪」の歌を改作を行いましたが、同時にこの歌集の魅力を切り捨ててしまうことにもなったようです。

当時の歌壇には、自然主義、写実主義の派が明星派との対極にあり対立をしていたわけですが、派の違いはあれ、与謝野晶子の才能は疑うべくもないでしょう。

俵万智さん訳がついた『みだれ髪』。こちらは新版です。

<燃える肌を抱くこともなく人生を語り続けて寂しくないの>与謝野晶子の名作を、俵万智が短歌で超訳! 百年前の恋の陶酔が甦る。

田辺聖子さんが描く、与謝野晶子伝。

こちらは渡辺淳一によるもの。

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