狂歌とは何でしょうか。短歌とどう違うのでしょうか。
朝日新聞の天声人語欄に「五輪とパロディー」のタイトルで、狂歌が取り上げられていました。
狂歌とは何か、狂歌の代表作とその背景についてお知らせします。
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狂歌とパロディー作品
朝日新聞の取り上げたのは、東京五輪のエンブレムと、新型コロナウイルスを掛け合わせたデザインの、パロディー作品です。
日本外国特派員協会が会報誌の表紙に載せたもので、市松模様の丸いエンブレムをウイルスに見立てたものですが、五輪を開催する側の大会組織委員会が著作権を主張して、その作品の取り下げを要求したという内容でした。
天声人語の作者は「パロディー」の例として、古い時代の狂歌をあげて紹介しました。
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狂歌の例
狂歌とは何かというと、下の作品を見ると一目瞭然です。
いかほどの洗濯なればかぐ山で衣ほすてふ持統天皇 太田南畝
春過ぎて夏来にけらし白妙(しろたえ)の衣ほすてふ天の香具山 持統天皇
「ほすてふ」の読みは、「ほすちょう」と読み、一首は、持統天皇が「香具山に白い衣が干してあるところを見ると、夏が来たのだなあ」と新しい宮を建てる土地に来て詠んだものです。
そして、その上にあるのが、太田南畝(おおたなんぼ)作の狂歌です。
意味は
「いったいどれほどたくさんの洗濯物の量なのだろうか。わざわざ香具山の山頂にまで行って、衣類を干すという持統天皇の持ってきたのは」
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光孝天皇策のパロディー
他に、百人一首を元にした狂歌は、光孝天皇の作品をもじった
君がため春の野に出でて若菜つむ わが衣手に雪は降りつつ 光孝天皇
世わたりに春の野に出て若菜つむ わが衣手の雪も恥かし 蜀山人
思い人のために、花を摘もうという天皇の歌に対し、貧乏な庶民は、それを「世わたり」に置き換えて、「恥ずかしながら雪の中に出て若菜を積み、それを売ろう」というわけです。
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君がため春の野に出でて若菜摘むわが衣手に雪は降りつつ/光孝天皇 訳と解説
元歌は有名な歌
ここでおもしろいのは、元歌はできるだけ有名な和歌の方がいいという点です。
もちろん、皆が知っているからでもありますが、偉い人や為政者、位の高い人の作品を、混ぜ返すというところに、反体制というほどではないけれども、幾分か胸がすくようなところがあったためでしょう。
狂歌の定義と歴史
狂歌というのは、上のようなもので、社会風刺や皮肉、滑稽を盛り込み、五・七・五・七・七の音で構成した諧謔形式の短歌です。
歴史は古く、平安時代からあるそうで、石川啄木がみずからの歌を言った「へなぶり歌」というのもこの狂歌のことを指します。
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「歌よみは下手こそよけれ」宿屋飯盛
短歌を知っている人なら、おそらく一度は目にしたことがあるだろう狂歌は、下の作品。
歌よみは下手こそよけれ天地の動き出してはたまるものかは
作者は、宿屋飯盛(やどやのいいもり)というペンネーム。
この歌は、紀貫之による古今集の仮名序にある、
「力をも入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、
男女のなかをもやはらげ、猛き武士の心をも慰むるは、歌なり。」
を取り入れたもので、意味は
あまりに上手な歌をも作って、間違っても天地が動き出しでもしたら大変なので、歌は下手でよいものだ
としたものです。
自らの作品である狂歌もその歌のうちに含まれるのでしょうが、とてもおもしろいものですね。
江戸時代の識字率の高さ
天声人語では、パロディーの良さに加えて、歴史の長さについて触れているわけですが、私は、これらの狂歌を生んだ一因に、江戸時代の識字率の高さがあると思います。
元歌のパロディーですので、決して作者本人やその階層の人に見せようというのではなく、狂歌の面白さを分かち合うべきは庶民です。
そして、江戸時代の識字率というのは、当時の諸外国に比べて抜群に高かったのです。
これには、日本を訪れた外国人が驚いたという記録もありますが、そうなった理由は寺子屋の普及でした。
士農工商の武士はもちろん、階級の低いとされる庶民に至っても、読み書きができたので、これらの狂歌を読む楽しみもあったわけです。
ちなみに、狂歌を作る「狂歌師」らの職業はというと、大田南畝は官僚の武士ですが、「狂歌四天王」の一人、宿屋飯盛の家業は、名前の通りの宿屋、 鹿都部真顔(しかつべのまがお) が汁粉屋、頭光(つむりのひかる)が浮世絵師、銭屋金埒(ぜにやのきんらち)、物事明輔(ものごとあきすけ) らが両替商ということで、名前を見ているだけでも愉快です。
歌が「山を動かす」ほどではなくても、人々の心を和ませる狂歌は、そうして成り立った文芸として今に伝わってきているのですね。