教科書の短歌

草わかば色鉛筆の赤き粉のちるがいとしく寝て削るなり 北原白秋

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草わかば色鉛筆の赤き粉のちるがいとしく寝て削るなり

北原白秋の代表短歌作品の現代語訳と句切れ、表現技法について記し ます。

高校の教科書や教材に取り上げられる作品です。

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草わかば色鉛筆の赤き粉のちるがいとしく寝て削るなり

読み:
くさわかば いろえんぴつの あかきこの ちるがいとしくて ねてけずるなり

現代語訳と意味

鉛筆を削ると、若草の上に色鉛筆の芯の赤い粉がこぼれ散る、緑と赤の色が美しく、腹ばいになって削るのだ

作者と出典

北原白秋 『桐の花』

 

語句の意味と文法解説

草わかば萌え出たばかりの草 草の若葉
赤き粉「粉」の読みは「こ」 鉛筆の芯を削るときに出る粉
ちる「散る」 「が」の助詞をつけて「散ること」の名詞的用法
いとしく基本形「いとし」 漢字は「愛し」がある
意味は「美しくて心が惹かれるので」
寝て屋外で「腹ばいになって」の意味と思われる
※以下に解説
なり「なり」は断定の助動詞 「~だ」

 

句切れと修辞・表現技法

・初句切れ

・ひらがなの多用

詳細は以下に解説

 

解説と鑑賞

北原白秋 『桐の花』の中の「公園のひととき」と題する一連の中の作品。

屋外で鉛筆を削ったところの情景と思われる。

場面が公園だとすると「寝て」は、草野原の上に、身をかがめているうち腹ばいになった情景を表したものだろう。

「いとしくて」と「寝て」の関係

「いとしくて」と「寝て」の間には相関する因果関係を読み取る。

すなわち「赤い粉がいとしかったので腹ばいになった」ということで腹ばいになった理由は、緑の粉の上にほろほろ零れ落ちる赤い色に心が惹かれているうち、自然にそのような態勢になったと思われる。

初句切れの効果

「草わかば」は初句切れで、若葉の緑は言葉で示されないが、初句切れであるために「ば」の後に自然と休止を入れて詠まれるため、強調される言葉となっている。

一種の構成の時間順

「草若葉」に続いて、「赤」が出て来るにしたがって、読み手の心にまずは「赤」、そして、「緑」とは記されない「草若葉の色」からの緑が浮かんでくる。

色の明示のある赤い粉が前景に、緑の草は背景に、遠近感を伴って感じられるようになるのは、短歌を上から下に読み進める間の「時差」があるためだろう。

すなわち、最初はただの若葉色の地面だったが、そこに自らの削る赤い色がプラスされて、赤が前景となる。

そうして初めて、バックの「緑」に意識が向く。そのように「赤」と「緑」のコントラストが浮き出る仕組みになっている。

ひらがなの効果

ひらがなに「わかば」「ちるがいとしく」などひらがなの多用が、一種春らしい、柔らかい感じを醸し出している。

意図的なひらがなの表記にも注意しよう。

「草わかば」と黄色

北原白秋の「公園のひととき」の一連の短歌と比べた場合、「草わかば」で始まる歌が3首あり、それぞれを見ると「草わかば黄なる子犬」「草わかば…黄に染みぬ西洋辛子」が先にあり、緑の若葉と黄色の取り合わせ、次いで緑と赤鉛筆の粉の取り合わせと、草若葉と色の取り合わせを主題とした短歌が様々に試されていることがわかる。

草わかば黄なる小犬の飛び跳はねて走り去りけり微風(そよかぜ)の中

草わかば踏めば身も世も黄に染(し)みぬ西洋辛子の粉を花はふり撒まく

こころもち黄なる花粉のこぼれたる薄地のセルのなで肩のひと

草わかば色鉛筆の赤き粉のちるがいとしく寝ねて削るなり

一連を時間順に見ると、最初の発想では、「黄色」は「犬」→「花粉」であり、そこからさらに「花粉」→「赤い粉」と共通する「粉」を通して「赤」、「こぼれる」→「散る」の組み合わせが派生したことがわかる。

 

斎藤茂吉の短歌との共通性

斎藤茂吉は、北原白秋と互いに歌の摂取を行ったことで知られているが、斎藤茂吉の処女歌集『赤光』にも赤鉛筆を詠った歌が、数首ある。

くれないの鉛筆きりてたまゆらは慎(つつま)しきかなわれのこころの

飯(いひ)かしぐ煙(けむり)ならむと鉛筆の秀(ほ)を研ぎながらひとりおもへり

ちから無く鉛筆きればほろほろと紅(くれない)の粉(こ)が落ちてたまれり

最後の歌が、明治四十四年1月作「おくに」より。

『桐の花』は1913年(大正2)1月25発行。元々の雑誌発表の時期が記されていないため、詠まれた時期は確定しないが、北原白秋、あるいは斎藤茂吉の片方、または双方がこれらの歌に触発をされて類似の歌を歌った可能性がある。

白秋、茂吉ばかりでなく、お互いの摂取は他の多くの作品にも見られる。

 

斎藤茂吉の赤鉛筆の短歌との比較

なお、斎藤茂吉の短歌に関しては、赤鉛筆の色は、一首に色彩による強い印象を与えてはいるが、白秋の視覚的な「緑+黄」「緑+赤」といったような絵画的効果をあたかも実験的に試すような意図はないことがわかるだろう。

北原白秋について

北原白秋(読み)きたはら はくしゅう

1885―1942福岡県生

処女詩集『邪宗門』で象徴詩に新風をふきこむエキゾチック感覚の象徴詩人として知られる。短歌では与謝野鉄幹の門人となり、「明星」「スバル」に作品を発表下が脱退。1913年(大正2)第一歌集『桐(きり)の花』を刊行、短歌の世界に象徴詩の手法を生かして注目された。

北原白秋の短歌の作風

初期には詩と同じく短歌にも耽美的な作風が強いが、その後は童心主義にも傾斜、後年の短歌集『黒繪』は、自らの眼病にも言及、境遇や生活を詠む作品が多くなっている。

北原白秋の他の短歌解説







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