教科書の短歌

昼ながら幽かに光る蛍一つ孟宗の藪を出でて消えたり 北原白秋

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昼ながら幽かに光る蛍一つ孟宗の藪を出でて消えたり

北原白秋の『雀の卵』収録のこの歌は、序文にある写生に始まる「象徴的筆法」の追求を実践する作品です。

一首の意味と表現技法について記し ます。

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昼ながら幽かに光る蛍一つ孟宗の藪を出でて消えたり

読み:
ひるながら かすかにひかるほたるひとつ もうそうのやぶを いでてきえたり

この短歌の意味と現代語訳

昼であるのにかすかに光る蛍が一匹、竹藪を出て飛んで消えて行ったのだなあ

作者と出典

北原白秋 『雀の卵』

北原白秋の他の短歌

北原白秋については
北原白秋の短歌代表作品 人妻との恋愛事件で官能から法悦へ

語句の意味と文法解説

昼ながら「ながら」は内容の矛盾する二つの事柄をつなぐ意を表す。
「…にもかかわらず「「…ではあるが」の意味
幽かに読みは「かすかに」 意味は「わずかに」
孟宗竹の名称 孟宗竹のこと
消えたり「消ゆ(基本形)+たり(完了の助動詞)」

 

句切れと修辞・表現技法

・句切れについては、意味上は「句切れ」なしだが、「蛍一つ」のあとに音声上の区切りがある

なお、俳句には「切れ字」はあるが、短歌にはなく、「句切れ」のみとなる。

 

解説と鑑賞

北原白秋 『雀の卵』蛍四章に収録された作品。

主題がわかりにくいと言われる地味に見える短歌だが、一連は短歌の手法である「写生」を追求しようとした白秋の意図が明らかである。

「昼ながら」短歌の主題

初句「昼ながら」は、「昼であるのに」と最初からの逆説を述べている。

普通、蛍は夜に光る昆虫だが、それが昼間に発見できるというところに、作者の珍しい気持ちがある。

「昼ながら」のめずらしさ

昼に蛍の光が見えるということそれ自体が珍しいのはもちろん、そもそも、昼なのに蛍は光を発するものなのだろうか、という問いもあるだろう。

もう一つ、夜の蛍との違いは、「幽かに光る」という点で、夜の蛍ほど鮮明ではないが、弱弱しくもとにかくも光が見えるということがある。

「昼ながら」は、「蛍」ではなくて、「幽かに光る」にかかる副詞句である。

「昼なのに光る」という意味になるが、やはり、作者は、昼なのに小さな蛍のともす「光が見える」という点に意外さ、めずらしさを感じたのであろう。

「出でて消えたり」の時間経過

そして、さらに、かすかな光として認識された蛍が、さらに、結句で「出でて消えたり」、消えてしまうという結末になる。

昆虫は飛び続ければ、いずれは視界を出ていなくなってしまうのだが、作者は、その生息時間に合わない蛍の弱弱しい光が、あたかも消えてしまったという捉え方をして、その点に注目をしている。

この歌に象徴的な意味での「命のはかなさ」を見ることもできなくはないが、初句の「昼ながら」は、今度は、「昼であるので」と読み替えることもできる。

蛍はやはり昼であるので、光るには光るが、そうして消えてしまったのだという、蛍の一連の動きを追っている。

作者は、蛍が消えるまで見ていたことになるのだが、それもつまり、昼の蛍の珍しさに心を惹かれて、その蛍がどこに行くのかをずっと目で追っていたということもわかる。

とりとめのなさは蛍の「写生」に由来

「出でて消えたり」は竹藪を出て、そして、そこからどこかへ消えていくということを指しているが、この歌のある種の目的のなさ、とりとめのなさは、昼間なのに光っている蛍、仲間と群れるでもなく、メスの蛍を探すでもなく、表れて消えたというだけの、蛍の行為をそのまま表しているといえる。

そのような「昼の蛍」の雰囲気を、北原白秋は、そのままにとらえて、文字に表したのである。

それが一時期作者の目指した「写生」の手法になる。

北原白秋の「写生」

『雀の卵』の序文では「写生」について

写生の唱道は啓蒙運動として見る時に価値があるが、真の芸術の絶対境はその写生から出てもつと高い、もつと深い、もつと幽かな、真の象徴に入つて初めてその神機が生き気品が動く。さうして彼と我、客と主の両体が、真の円融、真の一如の状態に合して初めて言語を絶した天来の霊妙音を鳴り澄ますのである。

 

また、白秋はこれらのスタンスを「東洋」に特異なものと考えていた節がある。

東洋芸術の神髄はかうした自然の真実相に端的に直入する。細微の写生を避けて直接にその本質そのものを把握する。即ち一視に機を識り、一線に神を伝へ、一語に生を活かす底のものである。短歌俳句の類は、その自然観照に於て、此の如き象徴的筆法を必要とする。ここまで行かなければならない。

なお、「写生」は元々は、正岡子規が提唱し、主に、アララギの歌人が用いて深めた短歌の技法である。

東洋風な「孟宗」

「孟宗」というのは、竹の名前のことだが、ハイカラで横文字のルビを振る詩句を多く用いる白秋だが、ここでは「竹藪」とせずに、中国由来の「孟宗」をそのまま用いている。

また「幽かに」の漢字も孟宗と相まって、東洋的な感じを醸し出している。

「竹藪に光りながら飛ぶ昼の蛍」を含めて、全体は中国の絵画のような、あえて言えば、東洋的な幽玄を表す水墨画に通じるような不思議な風情があるだろう。

さらに、斎藤茂吉には、夜以外の、朝と昼の蛍を詠んだ作品として

蚕の部屋に放ちし蛍あかねさす昼なりしかば首すぢあかし『赤光』

草づたふ朝の蛍よみじかかるわれのいのちを死なしむなゆめ 『あらたま』

がある。『あらたま』は大正3年作。『赤光』の発行は大正2年。

写生を超える「象徴的筆法」

白秋が追及したものは、上に述べた写生を超える「象徴的筆法」であった。

この歌の含まれる「蛍四章」はいずれも蛍を主題にした「写生」の技法がとられていることが明らかである。

蛍四章

河土手に蛍の臭にほひすずろなれど朝間(あさま)はさびし月見草(つきみさう)の花

月の夜の堆肥(たいひ)の靄に飛ぶ蛍ほつほつと見えて近き瀬の音

蛍飛ぶ浅瀬の蛇籠濡れ濡れて薄けぶり立てり月夜明りに

孟宗竹(ちく)に孟宗軽くかぶさる里こんもりと見えて前の蓮の田

幽(かす)かなる翅(はね)立てて飛ぶ昼の蛍こんもりと笹は上をしだれたり

昼ながら幽かに光る蛍一つ孟宗の藪を出でて消えたり

一つ火のさ緑の蛍息づき明(あか)り雨しとどふりし闇を今あがる

 

北原白秋について

北原白秋(読み)きたはら はくしゅう

1885―1942福岡県生

処女詩集『邪宗門』で象徴詩に新風をふきこむエキゾチック感覚の象徴詩人として知られる。短歌では与謝野鉄幹の門人となり、「明星」「スバル」に作品を発表下が脱退。1913年(大正2)第一歌集『桐(きり)の花』を刊行、短歌の世界に象徴詩の手法を生かして注目された。

北原白秋の短歌の作風

初期には詩と同じく短歌にも耽美的な作風が強い。本作を含む『雀の卵』では、象徴的筆法を追求。その後は童心主義にも傾斜、後年の短歌集『黒繪』は、自らの眼病にも言及、境遇や生活を詠む作品が多くなっている。

北原白秋の他の短歌解説







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