或る時のわれのこころを焼きたての麺麭に似たりと思ひけるかな
パンを詠んだ短歌は、近代短歌から現代短歌まで、意外に多くみられます。
4月12日はパンの記念日、きょうの日めくり短歌はパンにちなんだ短歌をご紹介します。
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パンの記念日とは
パンの記念日とは、日本で一番最初にパンの作られた日のことです。
日本で作られた最初のパンは、今のような白いふわふわしたパンではなく、軍用食としての乾パンだったそうです。
1842年(天保13年)のこの日、伊豆国(現:静岡県)の韮山代官(江戸幕府の直轄領を支配するために設置された役所)において西洋流兵学者の江川太郎左衛門英龍(えがわたろうざえもん ひでたつ)が軍用携帯食糧として「兵糧パン」と呼ばれる「乾パン」を作った。
作られたのは江戸時代のことです。
てっきり明治時代かなと思っていましたが、それ以前のパンというのは、どんなものだったのでしょうね。
ちゃんと、イーストで発酵させるものだったのでしょうか。
それにしても、一般の食用ではなかったので、パンはまだまだ、おいしいものとはとらえられていなかったのかもしれませんね。
パンを詠んだ近代短歌
近代短歌のパンの短歌からご紹介します。
或る時のわれのこころを 焼きたての 麺麭(ぱん)に似たりと思ひけるかな
作者:石川啄木
意味は、「ある時の自分の心を焼きたてのパンに似ていると思ったのであるよ」
啄木は最初は詩を書いていたので、そのためでしょうか、短歌にもすぐれた比喩がみられるものが多くあり、この歌もその一つです。
麺麭の「麭」は、パンの他、小麦粉の餅やだんごなどの意味をもつ漢字で、「麺」はやはりうどん用の小麦粉のことでしょう。
昔は小麦粉を「うどんこ」といいました。
『一握の砂』石川啄木のこれだけは読んでおきたい短歌代表作8首
麺麭(パン)を噛むひまも書物に眼をさらしみな孤独なり夜学の教師ら
作者:北原白秋
異国趣味を盛り込んだ北原白秋、「麺麭(パン)」と書かれると、何かハイカラな感じがしますね。
朝けよりおもひ直して黒き麺麭(ぱん)に牛酪(ぎうらく)ぬるもひとり寂しゑ
作者:斎藤茂吉
このうち、斎藤茂吉はヨーロッパに留学の経験があり、上の「麺麭」と記して「ぱん」とルビがあるのは、ドイツパンを指しています。
日本のパンとは違い、黒くてかなり固いパンです。
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パンを焼く家の裏口とおもほえて香ぐはしき午後の路地をとほりぬ
作者:佐藤佐太郎
佐藤佐太郎は、斎藤茂吉の弟子。「パンを焼く家」というのはベーカリーのことでしょう。
現代のパンの短歌
ここからは現代のパンの短歌です。
つむじ風、ここにあります 菓子パンの袋がそっと教えてくれる
作者:木下龍也
この歌はそのまま歌集のタイトルとなっています。
素敵な歌です。
木下龍也短歌作品集『つむじ風ここにあります』『きみを嫌いな奴はクズだよ』
バゲットを一本抱いて帰るみちバゲットはほとんど祈りにちかい
作者:杉崎恒夫
日本でのことですが、フランスでは朝早くにバゲットを買いに行く習慣があると聞きました。
作者には他にも、「バゲットの長いふくろに描かれしエッフェル塔を真っ直ぐに抱く」の作品もあります。
歌集のタイトルは、『パン屋のパンセ』ですので、作者はおそらくパンがお好きだったのでしょうね。
「パン屋のパンセ」杉崎恒夫 「かばん」で培った軽やかな口語律の短歌
ハムレタスサンドは床に落ちパンとレタスとハムとパンに分かれた
作者:岡野大嗣
即物的な感覚のいかにも現代短歌という感じの歌ですが、作者のひそかな気づきの歌でもあります。
自分で作りでもしない限り、サンドウィッチの中身には、頓着していないことも多いですが、ぱっと開いたのを見ると、こういうものがこんな順に重なっていたのか、とわかるような歌です。
甘い甘いデニッシュパンを死ぬ朝も丘にのぼってたべるのでしょう
作者:穂村弘
作者の短歌は、一見軽やかに見えて、もっと深いものがあります。
単に死を詠んだだけではなくて、作者の諦めのような心境からの発想のようです。
砂浜のランチついに手つかずの卵サンドが気になっている
作者:俵万智
サンドイッチといえば、思い出すのがこちらの歌。
作者にはこの時、相手が「卵サンドが嫌いだったのかな」という心配があるのでしょう。
もちろん、この卵サンドは俵万智さんの手作りですよ! 食べ損ねたとしたら惜しいですね。
きょうの日めくり短歌は、パンの記念日にちなみ、パンの短歌をご紹介しました。
それではまた!
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