たらちねの母が手放れかくばかりすべなき事はいまだ為なくに 柿本人麻呂歌集、万葉集の有名で代表的な和歌の現代語訳と解説、鑑賞を記します。
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たらちねの母が手放れかくばかりすべなき事はいまだ為なくに
現代語での読み: たらちねの ははがてはなれ かくばかり すべなきことは いまだせなくに
作者
作者不詳 柿本人麻呂歌集 万葉集 11-2368
現代語訳
母の手を離れてこんなに切ないことをしたことはないのに。恋というのはこんなにつらいものだったのか
原文
垂乳根乃 母之手放 如是許 無為便事者 未為國
句切れと修辞
- 句切れなし
語と文法
たらちねの・・・「母」にかかる枕詞
かくばかり・・・このように こんな程度に
術なき・・・対抗する手立てがない
「せなくに」の品詞分解
「せ」は、サ変動詞基本形「す」の連用形
「なく+に」は「ないので」の意味
解説と鑑賞
柿本人麻呂歌集にある有名な歌。
万葉集の中でもよく引用されて知られている歌。
秘めた恋に慣れていない少女の初々しさ、寄る辺のない不安を表しています。
おそらくはつい恋であるのでしょう。
どうしたらいいかの戸惑いが「いまだせなくに」の結句の余韻と共に伝わります。
「正述心緒」の歌
この歌は「正述心緒」の歌群の中の一つとなっています。
「正述心緒」(ただにおもいをのぶる)は文字通り自分の感じ方を表す歌です。
和歌には珍しく、景色や相手は出てきていません。
※正述心緒についての詳しい説明は
少女の恋愛の歌
万葉集の恋愛は成熟した男女が多いイメージですが、この歌の主題は少女の恋愛。
大人になって、初めて恋をした女性の述懐が素直に切々と表されています。
「たらちね」の枕詞
「たらちねの母が手離れ」というのは、大人になって初めて、あるいは今まで生きてきた中で初めて、という意味でもあるでしょう。
時間経過を含む句によって、少女が成長して大人になるまでの悩みのない期間が対照されており、初めての恋であることもわかります。
「たらちね」の句の効果
「たらちね」は「母」と続く枕詞で、「たらちねの母」とすることで「はは」だけでなく「母が手」を含めて母のイメージを9文字までに伸ばして強調することができます。
少女が母のもとで過ごしてきた時間の長さが、31文字分の9文字分として表され、そのあとの恋愛がいかに不意に起こった初めての出来事だったかということになるのです。
まだ若い女性、少女が面する恋の心境が、上句との対照で、それだけに下句のつらさが浮き彫りになるよう効果的に表されています。
表現の工夫はあるとはいえ、本当の気持ちがまっすぐに伝わってくるところが胸打たれます。
※万葉集解説のベストセラー