葡萄は秋の代表的な果物の一つであり、世界中で古くから様々な文学に登場します。
前の記事では「桃」の詠み込まれた短歌を集めましたが、今回は秋の味覚、葡萄が詠み込まれた短歌を主に現代短歌からお伝えします。
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葡萄と文学
「葡萄」と聞いて、文学との関連では、皆さんは何を思い出しますか。
私はやはり有島武郎の『一房の葡萄』です。
外国ならスタインベックの『怒りの葡萄』という題名の小説もありますね。
ブドウの栽培化の歴史は古く、紀元前3000年ごろには栽培が始まり、さらにワインの醸造は古代文明の頃からあり、聖書にも葡萄の木やブドウ園、そして、葡萄酒と革袋やキリストの血とみなされる葡萄酒など、葡萄につながるたくさんの記述があります。
短歌においても、単なる果物という以上の幅を持ったモチーフとなっていることが多いです。
以下に葡萄の詠まれた短歌をご紹介します。
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桃の短歌 水蜜桃の汁吸うごとく愛されて前世も我は女と思う 俵万智 東直子 斎藤茂吉他
斎藤茂吉の葡萄の短歌
斎藤茂吉には「白桃」の代表歌が有名ですが、葡萄の短歌も多くあり、中でもこの歌がもっともよく知られています。
黒き葡萄というのは、熟して黒く色づいた葡萄のことで、秋の深まりと共に、敗戦の後の寂しい心持を伝えるものです。
「百房の」というのは、具体的な数ではなく、「百鳥(ももどり)」などと同じく、「たくさんの」の意味です。
押し黙っている作者に、たくさんの葡萄がに「見よ」とばかりの存在感を持って、さびしい雨の中に迫ってくる。
当時の作者は戦争に協力した短歌を書いたということで、その災を逃れるためもあって郷里に疎開していました。
「沈黙の」というのは、東京と仕事を遠く離れて、隠れひそむような、その頃の生活状況と心境を詠ったものでしょう。
この歌について詳しく
沈黙のわれに見よとぞ百房の黒き葡萄に雨ふりそそぐ 斎藤茂吉『小園』
斎藤茂吉については
斎藤茂吉の作品と生涯
斎藤茂吉の他の葡萄の歌
むらさきの葡萄のたねはとほき世のアナクレオンの咽を塞ぎき
茂吉の自解では、「アナクレオンはギリシャの詩人で、恋愛詩人であったが、食べて居た葡萄が喉をふさいで死したと言われている」そのエピソードを「大きい麗しい葡萄を食いつつ連想はこういう具合になった」。
塚本邦雄の評は、
「およそ茂吉全歌集総作品を通じて、最も典雅で、同時にロマン・ノワール風の乾いた残酷性をも持ち、墓碑銘のように簡潔で冷ややかな一首」
というのは、この歌の評というより、塚本自身の歌にも言えるものがあるような気がします。
その他。
黒葡萄われは食ひつつ年ふりしグレシヤの野をおもふことなし
をとめ等がくちびるをもてつつましく押しつつ食はむ葡萄ぞこれは
まをとめの乳房のごとしといはれたる葡萄を積みぬわがまぢかくに
「乙女」と「葡萄」のモチーフは、西洋の画を思わせます。
葡萄の現代短歌
ここからは、他の歌人の葡萄を詠んだ短歌をご紹介します。
うすらなる空気の中に実りゐる葡萄の重さはかりがたしも
口中に一粒の葡萄を潰したりすなはちわが目ふと暗きかも
作者:葛原妙子
「他界との裂けめに見えた恐怖をそのまま提示する」という反写実の歌。
塚本邦雄に「幻視の女王」「詩歌とは視てはならぬものを、敢へて視ることの證ではなかつたらうか」と評された歌人です。
作者:安永蕗子
葡萄に発して地球に真向かうようなスケールの大きな歌です。 この歌人も塚本邦雄にその歌と存在の華麗さから、塚本邦雄をして「肥後の魔女」と呼ばれました。
作者:塚本邦雄
葡萄のイメージから、これも時空を超えて、歴史をさかのぼるような一瞬のイメージを詠んでいます。
作者:馬場あき子
こちらの歌も、やはり葡萄につながる空間と時間の拡張するものです。 葡萄が未知の果物であり、未知の香りを持っていた人、漢の武帝に成り代わって、新たな驚きをもって見つめる作者の姿。
作者:春日井健「未青年」
独特の耽美的な歌を集めた歌集『未青年』は大きな驚きをもって世に迎えられました。
この作者独特の耽美的なエロスが葡萄によって表されます。
とびやすき葡萄の汁で汚すなかれ虐げられし少年の詩を
作者:寺山修司
これもやはり少年の性を詠ったものなのでしょう。
葡萄は、その実の眺めからか、何か男性の性を連想させるものがあるようです。
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掌のなかへ降る精液の迅きかなアレキサンドリア種の曙に
作者:岡井隆「眼底紀行」
「アレキサンドリア種」というのは、マスカットとされています。
女性にはわかりにくいところもありますが、こちらも葡萄にまつわるイメージの耽美的なエロスの歌です。
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まとめ
葡萄の短歌、いかがでしたか。
まだまだ暑い毎日ですが、夜は虫の声が聞こえます。
秋の実りを愛でられる日も近づいてきています。