憶良らは今は罷らむ子泣くらむそれその母も我を待つらむそ 山上憶良 現代語訳解説,表現技法,句切れ  

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憶良らは今は罷らむ子泣くらむそれその母も我を待つらむそ 山上憶良 現代語訳解説,表現技法,句切れ

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憶良らは今は罷らむ子泣くらむ それその母も我を待つらむそ

山上憶良作の万葉集のもっとも有名な短歌の現代語訳と解説、鑑賞のポイントを掲載します。

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憶良らは今は罷らむ子泣くらむそれその母も我を待つらむそ

読み おくららは いまはまからん こなくらん それそのははも わをまつらんそ

現代語訳:

私、憶良はもう退出しましょう。家では、今ごろ子供が泣いているでしょう。その子を負っている母もきっと私を待っているでしょうから

出典:

万葉集 巻3 337

作者:

山上憶良

語の解説:

憶良ら…「ら」は、謙譲の意を添える接尾語
罷(まか)る… 退出する。おいとまする。「高貴な人のもとから」の謙譲の意味がある
罷らむ…まかる+む 「む」は未来、ここでは意志を表す助動詞
「それその」
「そ」…強意の終助詞「ぞ」の清音化したもの

句切れ

2句の「罷らむ」が終止形で句切れ、同じく「子泣くむ」が終止形で句切れのため、2句切れ、3句切れとなる。

表現技法

「む」は、「ん」と発音するため、「まからん なくらん まつらん」の、反復のリズムの良さがある。

また「憶良ら」のラに続く「まからん なくらん まつらん」の音韻の揃えているところも同様。

「それその」も間投詞に似て、調子を整えるために使われている。

さらに、「それその…まつらむそ」の、ソ音の繰り返しがあり、一首を通じて、以上のような音韻のリズムの工夫がある。

 

解説と鑑賞

「憶良らは今は罷らむ子泣くらむそれその母も我を待つらむそ」

宴会を退出の目的

歌の前に「山上憶良臣(やまのうへのおくらのおみ)の宴(うたげ)を罷(まか)るの歌一首」という説明があり、意味は「山上憶良が宴を退出する(ときに詠んだ)歌」。

宴会で途中退席をしようという時に、この歌を詠んで朗唱してのち、部屋を下がったようです。
酒席の宴会は楽しくにぎやかなものであったと思われ、「子どもが待っていますので」との断りの文句が無粋になったり、退出で座が白けることの内容に、「まからん…なくらん…まつらん」と、宴席の賑わいをさらに盛り上げるような音韻のリズムが工夫されています。

4句「それその母も」の効果

さらに、「それその母も」の「それその」も、ひじょうに軽い、合いの手のようなリズム重視の言葉です。

またこの語は「それ+その+母も」と細切れの言葉が組み合わさって4句を構成しています。
各言葉が短いために、ここに独特のリズムの軽さがあります。この軽く、さほど意味のない言葉を、4句の頭に持ってくることで歌の言葉に強弱が生まれます。

前もって置く「ソ」音

意味としては弱い「それその」を置くことで、一首のここの部分の力がふっと抜け、その後の結句の「待つらむそ」が一層強調されることとなります。

強意の終助詞は「ぞ」なのですが、それを「そ」とすることで、「それその」につながって「ソ」音の連携が緊密になり、下句と結句に統一感も生まれます。

また、最初に「らん」で始まったものが、「それその」の短い中での「ソ音」の登場によって、「らん」の他に、もう一つ「ソ」が加えられたことが強調されます。

ここからは二つの音韻がポリフォニーとなるわけですが、それは「憶良」「子」「母」の重層を、音韻の点から支えるものです。

そして、「それ」「その」は、結句の「まつらむそ」の「そ」に決着します。「宴席を退席しますぞ」という、決意を強めるものとして、それが前もって4句から置かれていることになります。

そうして見てみると、この「それその」の、一見意味のない言葉の部分が、一首の構成の上では、もっとも重要な役割をしていることがわかります。

 

万葉集の短歌の歌謡性

万葉集の短歌には、現代の短歌とは違い、文字で見るのではなくて、口で歌う短歌としての効果にも重きが置かれるものがあります。

宴会を退席するときの歌とすれば、はその場で立って読み上げて披露するものだったのでしょうから、ユーモラスに朗唱されるものとしての、効果の必要があったのです。

そしてそれは、現代の文字で読む短歌においても、欠かせない短歌の技法のひとつとなっています。しかし、現代の短歌は、いくらか万葉の時代よりも、意味に偏り過ぎているところがあるかもしれません。

憶良のこの歌は、ある意味単純であり、ほのぼのとした、楽しい感興を伝えます。それは、歌の内容ばかりではなく、上記のような歌の音韻他の要素が大切な部分となって、一首を成しているためです。

歌の表に見えるものばかりではなく、バックグラウンドにある「効果」というものも、短歌の重要な要素であり、それ自体が、歌の内容、歌の意味であるともいえるのです。




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