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願はくは花の下にて春死なむそのきさらぎの望月のころ/西行法師

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願はくは 花の下にて春死なむそのきさらぎの望月のころ

西行法師の有名な桜の和歌、代表的な短歌作品の現代語訳と句切れと語句を解説、鑑賞します。

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願はくは 花の下にて 春死なむ そのきさらぎの望月のころ

読み:ねがわくは はなのしたにて はるしなん そのきさらぎの もちづきのころ

現代語訳と意味

願うなら、桜の咲く春、その木の下に死にたいものだ。如月の満月の頃に

句切れと文法

2句切れ

・死なむの「む」は未来の助動詞で意思を表す

・きさらぎ・・・如月 2月のこと 旧暦については以下に解説

・望月・・・「もちづき」満月のこと

 

「願わくは花の下にて」の解説

作者は西行法師 続古今和歌集 巻17・雑歌上・1527 に収録されています。

西行法師の桜を詠んだ和歌の中でも、よく知られていてもっとも有名な歌です。

「如月の望月のころ」とはいつ

この場合、「如月の望月の頃」というのは、旧暦2月15日の満月のことで、新暦では例年3月末~4月初め頃に当たります。

2月15日はお釈迦様の亡くなられた日です。

西行法師の「法師」というのは僧侶のこと。

僧侶なので、出家の身であればこそ、花の下で生まれたお釈迦様のように、花に囲まれて、お釈迦様の亡くなられた日の頃に自分も死にたいという僧侶としての願いを詠んだものです。

僧として釈迦に自分も倣いたいというのはもちろんですが、僧でありながらも、桜という美しいものと、その情感をも臆することなく歌に取り入れています。

和歌の桜と無常観

桜のモチーフは、無常観や、生のはかなさを表すことが多く、この西行の歌においても、命の終わりと桜が隣り合わせとなっています。

桜とは、美しい花でありながら、短歌の中においては、命や栄華のはかなさや、季節の移ろいを表すモチーフとしても扱われていることが多いため、それを踏まえて歌の意味を味わってみてください。

西行法師について

1118年~1190年 俗名は佐藤義清(のりきよ)
北面の武士であったが、23歳で出家。法名は円位(えんい)というもので、西行は雅号。

生涯を通じで諸国を行脚し、仏道修行と歌作に専心した。

藤原俊成(しゅんぜい)と並ぶ平安時代の代表的な歌人。

西行の桜の歌一覧

吉野山こぞのしをりの道かへてまだ見ぬ方の花を尋ねん

何(なに)となく春になりぬと聞く日より心にかかるみ吉野の山

吉野山梢の花を見し日より心は身にも添わずなりにき

あくがるるこころはさても山桜散りなむあとや身にかへるべき

もろともにわれをも具して散りね花うき世をいとふ心ある身ぞ

尋ぬとも風の伝にも聞かじかし花と散りにし君が行方を

春風の花を散らすと見る夢はさめても胸のさわぐなりけり

眺むとて花にもいたく馴れぬれば散る別れこそかなしかりけれ

青葉さへ見れば心のとまるかな散りにし花の名残と思えば

おのづから花なき年の春もあらば何につけてか日を暮すべき

 







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