古今・新古今集

心なき身にもあはれは知られけりしぎ立つ沢の秋の夕暮れ 西行【新古今集】

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心なき身にもあはれは知られけりしぎ立つ沢の秋の夕暮れ

西行法師(さいぎょうほうし)の代表作、また新古今集の「三夕の歌」の一つとして知られる、有名な短歌の現代語訳、品詞分解と修辞法の解説、鑑賞を記します。

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心なき身にもあはれは知られけりしぎ立つ沢の秋の夕暮れ

読み: こころなき みにもあはれは しられけり しぎたつさはの あきのゆふぐれ

作者と出典

西行法師(さいぎょうほうし)

新古今和歌集 362 他に「西行法師歌集」

現代語訳と意味

あわれなど解すべくもないわが身にも、今それはよくわかることだ。鴨の飛び立つ沢辺の秋の夕暮れ

修辞法と句切れ

3句切れ

体言止め

語句と文法

こころなき身基本形「こころなし」趣を解さない。物の風情(ふぜい)がわからない
あはれ物の風情 感動
しられけり知る+「れ」自発の助動詞「る」の連用形 「けり」は詠嘆の助動詞「…だなあ」
しぎ鳥の一種 漢字は「鴫」
水の流れるところ 小川




解説と鑑賞

西行の代表的な和歌の一つで、「三夕(さんせき)の歌」の一つとしても知られています。

三夕の歌

三夕の歌

三夕の歌とは「秋の夕暮れ」で終わる、3つの和歌作品で、西行の他、
「さびしさはその色としもなかりけり槙(まき)立つ山の秋の夕暮れ」寂蓮(じゃくれん)
「見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋(とまや)の秋の夕暮れ」(藤原定家)
を指す

 

関連記事:
見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ 藤原定家「三夕の歌」

「こころなき身」

「こころなき身」は西行だけではなく、他の短歌にもある句。

「それほど風流を理解しない」ということを前に置いて、それであっても、下の景色がたいへん風情にあふれたという比較による強調を行っている。

参考:心なきわが身なれども津の国の難波の春にたへずもあるかな」(藤原季通)

ただし、この歌の場合、作者の西行法師の「法師」は僧侶であり、出家をした身でもあるので、いちいち物事に心を動かしていてはいけない、その様な含みがあるだろう。

また、世を捨てた僧侶であるので、「私のような身にも」という卑下のような謙遜も感じられる。

「しぎたつ沢の秋の夕暮れ」の風情

「しぎ」鴫というのは、飛び立つときに、シャーツという鋭い声をあげて飛び立つといわれている。

秋のものさびしくも美しい水の流れに、声をあげて鳥が飛び立った後の静けさと寂寥、この場合の、「あわれ」は、感動というよりも、しみじみとした、心に沁みるいるような情緒と推測できる。

西行法師について

西行法師 1118年~1190年

俗名は佐藤義清(のりきよ)

北面の武士であったが、23歳で出家。法名は円位(えんい)というもので、西行は雅号。

生涯を通じで諸国を行脚し、仏道修行と歌作に専心した。

藤原俊成(しゅんぜい)と並ぶ平安時代の代表的な歌人。

新古今和歌集とは

新古今和歌集(しんこきんわかしゅう)は、鎌倉時代初期に編纂された勅撰和歌集(ちょくせんわかしゅう)。

勅撰和歌集とは天皇や上皇の命令により編集された、代表的な和歌集の一つ。

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