鳴く蝉を手握りもちてその頭をりをり見つつ童(わらわ)走(は)せ来る
窪田空穂の有名な代表作短歌、歌の中の語や文法、句切れや表現技法の解説を記します。
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読み:なくせみを たにぎりもちて そのあたま おりおりみつつ わらわはせくる
作者と出典
窪田空穂 『鏡葉』
現代語訳と意味
鳴く蝉を手に包み持ち手からのぞいたその頭を時々眺めながら、子どもが急いで走ってやってくる
教科書の短歌解説 近代歌人の作品 正岡子規 斎藤茂吉他
蝉の短歌まとめ 万葉集~現代短歌斎藤茂吉,窪田空穂
句切れと表現技法
・句切れなし
・「来る」は連体止め
語彙と文法
・手握る…読みは「たにぎる」。「 手に握る」の意味
・をりをり…「おりおり」漢字は「折々」。「時々」の意味。
・みつつ…「つつ」は動詞や動詞型活用の助動詞の連用形に付く》 接続助詞。
その動詞の指す動作・作用が(ある時間にわたって)継続する意を表し、ここでは、繰り返しするという意味。
・童…「わらべ」と「わらわ」の二つの読みがあり、この歌では「わらわ」
・走せ来る…読みは「はせくる」。意味は走ってくるの複合動詞。「来る」は連体形を以て終止形に替える連体止めの用法
解説と鑑賞
蝉を見つけて喜ぶ子どもの様子がそのままに詠まれている。
蝉をおそらく初めて捕まえた子供なのだろう、父親に見せようと持ち帰って喜んで走って来る時の様子を表している。
「鳴く蝉」は蝉の様子と共に、その鳴き声にまず作者自身が注意を引かれて目を向けたのだろう。
それ以下が子供の様子の描写となる。
子供の動作を読み取る
記されている子供の様子は蝉を「手握り持つ」というところと、「をりをりみつつ」「 走せ来る」の3つ。
・手握り持ちて
・をりをりみつつ
・ 走せ来る
子どもの動作の動詞の目的語となるのは 「蝉」とことさらに蝉の部分である「その頭」ということになる。
「手握り持ちて」の意味
「手握り持ちて」は作者が子どもの様子を表すのに採択した表現である。
蝉は手のひらに載せただけではすぐに飛び去って行ってしまうため、「手に握る」ようにして子どもが運んでいることが分かる。
これは初めて蝉を捕まえてきたからこそ分かる新鮮な体験であるということを踏まえた表現である。
「をりをりみつつ」
蝉が手の中で羽ばたこうともがいて動くので、子供は気になって何度もセミを見るという動作が「をりをりみつつ」の部分。
何度も見る理由として、蝉が手の中で動くということが背景にある。
蝉の「その頭」
胴体の部分は握った手に包まれて見えないので、セミの頭だけが見える。
蝉ではなく「その頭」とするところに、子どもの視点と命ある生き物の動きに子供が心を奪われている様子が伝わってくる。
「蝉をみつつ」と「その頭」とピンポイントに強調する違いを比べて思い浮かべてみよう。
子どもへの愛情
そうしながらも、その蝉を父に見せようと逃さないうちに急いで走ってくる子ども。
走る主語は子どもであるが、走ってくる先には父がいる。
それを踏まえた作者の子どもへの深い愛情が感じられる。
窪田空穂の他の歌
窪田空穂について
くぼた‐うつぼ【窪田空穂】
歌人・国文学者。名は通治。長野県生れ。早大教授。歌風は客観性を重んじて生活実感を歌い上げ、抒情性に富む。歌集「まひる野」「老槻の下」、万葉集・古今集の評釈など。(1877〜1967)
窪田空穂の作風の特徴
・自然主義的世界をくぐった歌風は、日常生活を題材に、人生を味到、人生派的な生活詠に特色がある。
・現実主義的で平明穏雅な歌風。
・心境の滋味・深さを身上とする、いわゆる境涯詠に独自な人生的歌風を樹立 (同)