蝉の短歌まとめ 万葉集~現代短歌斎藤茂吉,窪田空穂,長塚節,河野裕子,高野公彦他  

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蝉の短歌まとめ 万葉集~現代短歌斎藤茂吉,窪田空穂,長塚節,河野裕子,高野公彦他

2019年8月12日

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蝉を題材に詠んだ短歌は、意外にも万葉集の古い時代から多く見られます。

蝉や蝉の殻である空蝉(うつせみ)、ひぐらしなどの詠まれた短歌を、万葉集から現代短歌まで広く集めてみました。

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蝉の短歌

蝉は地面に出てからの命が短いため、多く命の象徴とされることが多く、その点他の昆虫とは違った意味を付与されるモチーフです。

蝉も蜩も古代から生息し、歌にも詠まれていたようですが、当時は漢語の「蝉」を「ひぐらし」と考えていたらしく、万葉集では「蝉」ではなく、「ひぐらし」を詠んだ歌が多いとされています。

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万葉集の蝉を詠んだ短歌

万葉集の蝉を詠んだ短歌から

晩蜩(ひぐらし)は 時にと鳴けども 片恋に手弱女(たわやめ)我は 時わかず泣く

作者と出典:作者未詳 万葉集 巻10-1982

意味:ひぐらしは時間が来ると朝夕にに鳴くけれども、片思いに苦しんでいる女である私は時を分かたずに泣くのです

 

夕さればひぐらし来鳴く生駒山(いこまやま)越えてぞ我が来る妹が目を欲り 

作者と出典:秦間満(はたのはしまろ) 万葉集巻15-3589

意味:夕方になると蜩がて鳴く生駒山を越えて私はやってくる。愛しい人に会いたくて

二首とも、相聞、恋愛の短歌です。

蝉の声を、相手を求める自分の声になぞらえています。

妹が目を欲り」の「目」は、相手のこと、相手の顔のことです。

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古今集他の蝉の短歌

ひぐらしの鳴く山里の夕ぐれは風よりほかに訪ふ人もなし

作者と出典:よみ人しらず 古今集105

意味:蜩の鳴くこの寂しい山里の夕暮れには、風より他に訪れる人も居ない

 

空蝉(うつせみ)のからは木ごとにとどむれど魂(たま)のゆくへを見ぬぞかなしき

作者と出典:よみ人しらず 古今和歌集 448

意味:蝉の殻はどの木にも留まっているけれど、その魂のゆくえを見ることがないのは悲しいことだ

ひぐらしとうつせみを題材に、いずれも、寂しさや悲しさを詠ったものです。

 

吹く風の涼しくもあるかおのづから山の鳴きて秋は来にけり

作者と出典: 源実朝 金塊和歌集

意味:吹いてくる風はもうこんなに涼しくなったことか、いつの間にか山の蝉が鳴くようになって秋が来たのだなあ。

「山の蝉」というのはヒグラシのことと言われています。

世の中は常にもがもな渚漕ぐ海人の小舟の綱手かなしも 源実朝「金塊集」百人一首

箱根路をわが越えくれば伊豆の海や沖の小島に波の寄る見ゆ 源実朝「金塊集」

 

近代短歌の蝉の短歌

鳴く蝉を手握りもちてその頭をりをり見つつ童(わらべ)走(は)せ来る

作者と出典:窪田空穂 『鏡葉』

意味:鳴く蝉を手にもって頭を時々眺めながら、子どもが急いで走ってやってくる

蝉を見つけて喜ぶ子どもの様子が、そのままに詠まれています。

をりをり見つつ」が子どもらしい仕草の描写です。

※解説記事

鳴く蝉を手握り持ちてその頭をりをり見つつ童走せ来る 窪田空穂

 

鳴く蝉の命の限り鳴く声は夏のみそらにひびき泌みけり

作者と出典:岡本かの子

意味:蝉の限りある命の限り鳴く声は夏のそらに響いて沁みるのだなあ

みそらの「み」は接頭語。類似は現代語の「お空」。

 

斎藤茂吉の蝉の短歌

橡(とち)の樹も今くれかかる曇日(くもりび)の七月八日ひぐらしは鳴く

作者と出典:斎藤茂吉『あらたま』

意味:橡の木も暮れかかっている曇りの今日7月8日蜩が鳴く

 

老いづきてわが居る時に蝉のこゑわれの身ぬちを透りて行きぬ

作者と出典:斎藤茂吉「つきかげ」

意味:老いて茫洋とした意識にあるときに、蝉の声が私の体を通りぬけていった

 

アララギ歌人の蝉の短歌

油蝉しきなく庭のあをしばに散りこぼれたる白萩の花

作者と出典:長塚節

意味:油蝉がしきりに鳴いている庭の青い芝の上に散りこぼれた白萩の花よ

垂乳根の母がつりたる青蚊帳をすがしといねつたるみたれども/長塚節

 

山は暮れて海のおもてに暫らくのうす明りあり遠き蜩

作者と出典:土田耕平「青杉」

意味:山は暮れて海の水面には薄明かりがしばらく残っている。ひぐらしの声が遠く聞こえる

 

吉野秀雄の蝉の短歌

杉群(すぎむら)に晝(ひる)のかなかな啼きいでて短く止みぬあやまちしごと

作者と出典:吉野秀雄 「晴陰集」

意味:杉林に昼間なのにかなかな蝉が鳴いて、すぐ鳴き止んだ。誤って鳴いたかのように

 

彼の世より呼び立つるにやこの世にて引き留むるにや熊蝉の声

作者と出典:吉野秀雄 「晴陰集」

意味:あの世から呼ぶのだろうか、この世に引き留めようとして鳴くのだろうか、熊蝉の声は




現代短歌の蝉の短歌

声しぼる蝉は背後に翳りつつ鎮石(しづし)のごとく手紙もちゆく
黙(もだ)ふかく夕目(ゆふめ)にみえて空蝉の薄き地獄にわが帰るべし

作者と出典:山中智恵子『紡錘』

 

蝉のこゑしづくのごとくあけがたの夢をとほりき醒めておもへば 

作者と出典:高野公彦 「汽水の光」

 

しんしんとひとすぢ続く蝉のこゑ産みたる後の薄明に聴こゆ

作者と出典:河野裕子『ひるがほ』

出産後に蝉の声を聴いたという、厳粛で美しい出来事。

 

八月に 私は死ぬのか 朝夕の わかちもわかぬ 蝉の声降る
子を産みしかのあかときに聞きし蝉いのち終る日にたちかへりこむ

作者と出典:河野裕子 『蝉声』

晩年の闘病生活に現れる蝉の声が詠まれた歌は、いずれも胸を打つものとなっています。

『平成万葉集』第2回 河野裕子・永田和宏夫妻の短歌

 

啞蝉(おしぜみ)が砂にしびれて死ぬ夕べ告げ得ぬ愛にくちびる渇く

作者と出典:春日井建 「未成年」

作者は今で言うLGBTの歌人で、同性との愛を歌に詠みました。独特のタブーとエロスを表す歌を早熟にも19歳で出版。

 

夜蝉一つじじつと鳴いて落ちゆきし奈落の深さわが庭にあり

作者と出典:馬場あき子

能に知悉していた作者。能では「奈落」とは劇場における舞台の下の空間を言います。
夜の庭から聞こえてくる声に、作者はふと奈落の深さを思うのですが、それが生と隣り合わせの死を思うことでもあるのでしょう。

馬場あき子の短歌代表作品 さくら花幾春かけて老いゆかん身に水流の音ひびくなり

 

わが胸にぶつかりざまに Je ジュ とないた蝉はだれかのたましいかしら

作者と出典:杉崎恒夫 「パン屋のパンセ」

Jeはフランス語で「私」の意味。作者は90歳で亡くなるまで、かろやかに歌を詠み続けました。

終りに

蝉の短歌、いかがでしたか。

この夏もたくさんの蝉に出会えますように。蝉の声が聞こえたら、ぜひご自分でも歌に詠んでみてくださいね。




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