たらちねはかかれとてしもむばたまのわが黒髪を撫でずやありけむ 遍照の有名な和歌の現代語訳、品詞分解と修辞法の解説、鑑賞を記します。
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たらちねはかかれとてしもむばたまのわが黒髪を撫でずやありけむ
現代語での読み:たらちねは かかれとしても むばたまの わがくろかみを なでずやありけん
作者と出典:
作者:遍照 出典:後撰和歌集 1240
和歌の意味
母は、こうありなさいと言って、私の黒髪を撫ではしなかったろうになあ
句切と修辞法
- 句切れなし
- 枕詞
語句と文法
・むばたま…「黒」をひきだす枕詞。「ぬばたま」に同じ
注意! 「たらちね」は母の代名詞として用いられているため、ここでは、枕詞とは言われない
「かかれとしても「の品詞分解
・かかり…「こうである」の意味 「かく+あり」が変化したもの
・「かかれ」は命令形で「こうあれ」の意味
「撫でずやありけむ」の品詞分解
・基本形「撫づ」の未然形
・「や」は詠嘆の間投助詞 意味は文末で「…なあ」と訳す
・けむ…過去推量の助動詞
解説と鑑賞
遍照は、34歳で出家をしたが、その際、剃髪した髪と共に、この和歌を両親に贈ったという。
出家をするということは、俗縁を切るということにもなる。
遍照集には「さすがに、親などのことは心にやかかり侍りけむ」とあるので、母を思ったことと、肉親との絆の確認のためもあろう。
自ら望んだ出家だが、いざ、髪を下ろしてみると、両親との俗世の別れを思って、複雑な心境が胸をよぎったこともうかがえる。
この歌の評
この歌の評については、鴨長明『無名抄』第41話「歌の半臂句」に、
「『かかれとてしも』といひて、『むばたまの』と休めたるほどこそは、殊にめでたく侍れ」
意味:「かかれとてしも」と言って、「むばたまの」と一息ついたあたりが、ことに素晴らしい」
と賛嘆。
歌人の馬場あき子はそれを下のように説明している。
三句に枕詞を置くことによって、この歌の上下の句の関わりは密接になり、上二句は言いさしたまま切れた余情を保ち、「むば玉の」という枕詞を介して、下句に柔らかにつながっていく。
そして、この「むば玉の」は「我黒髪」へと続けて読まれるはずのことばだが、必ずしもそう読むとは限らない。家人はしばしば、「かかれとてしも」の言いさしを念頭に心得ながら、あえて、「かかれとてしもむば玉の」までを読んで、下にくるべき 「黒髪」を読みあげる前に大きな詠嘆の空白を取ることを好む。啄木が切れていない言葉を切ってみせたと同じことを、切れているのに切らず、切れていないのに切る。そこに微妙な言葉の味わいが生まれることを知っているからである。それは「五・七・五・七・七」の韻律感覚が、既に体に染みいっているところから生まれるものだろう。―「韻律から短歌の本質を問う」より
僧正遍昭について
僧正遍照(そうじょうへんじょう)
814~890。遍照とも記す。平安初期の歌人。六歌仙・三十六歌仙の一人。俗名良岑宗貞。桓武天皇の孫。
寵遇を受けた仁明天皇の崩御により出家、天台宗僧正の職を務めた、歌僧の先駆の一人。