贈答歌というのは日本の歌文学の中で特に平安時代から江戸時代初期までの時期に多く見られた歌の種類です。
贈答歌の意味と、有名な贈答歌の例を示します。
贈答歌とは
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贈答歌は、平安時代から江戸時代初期までの時期に多く見られた歌の慣習と形式の一つです。
贈答歌は複数の、主に二人のあいだでやり取りする歌のことで、最初の歌とそれに続く返歌があるものが贈答歌とされています。
贈答歌の内容
当時の和歌は日常的に伝達手段として使われていました。
贈答歌の内容、恋愛に関するものが多く知られていますが、それ以外にも、挨拶や贈り物に添えて送られることもあります。
また、相手は恋愛に限らず、同性同士でもやりとりされたものもあります。
贈答歌のルール
贈答歌は2人または複数の相手のまず一人が歌を贈り、それに返歌が贈られるという形式です。
- 一人が最初に和歌を贈る
- 贈られた人がその歌に対し返歌を贈る
恋愛の贈答歌のルール
恋愛の場合だと
- 男性が女性に向かって最初に和歌を贈る
- 女性が男性にその歌に対し返歌を贈る
つまり恋愛の場合の像等価のルールは、まず男性が最初に歌を贈るのが大方の決まりでした。
贈答歌の返歌のルール
その際の女性側からの返歌の詠み方は
- 贈られた最初の歌の主要語句を返歌に織り込む
- 「切り返し」「いなし」の手法を用いる
ということが約束事となっていました。
つまり、相手の言葉を織り込み、相手の使った言葉をうまく織り込むということが返歌のいちばんの条件です。
そうしながらも、相手の言葉や気持ちをそのまま肯定するのでなく、皮肉やしっぺ返しなどで相手の言いたいことを巧みにかわすのが良いとされていました。
万葉集の贈答歌
万葉集の贈答歌で有名なのは大津皇子と石川郎女の作品があります。
大津皇子の贈答歌
足引の山のしづくに妹待つと吾が立ち濡れぬ山のしづくに 大津皇子 0107
現代語訳: あなたをまつとて、山のしずくに私は立ち濡れてしまった。その山のしずくに
石川郎女の贈答歌の返歌
吾を待つと君が濡れけむ足引の山のしづくにならましものを 石川郎女 0108
現代語訳:私を待つとて、あなたがお濡れになったという、山のしずくに私がなりたいものです
解説記事:
あしひきの山のしづくに妹待つと我立ち濡れぬ山のしづくに 大津皇子
吾を待つと君が濡れけむ足引の山のしづくにならましものを 石川郎女
大伴坂上郎女の贈答歌の返歌
他にも大伴坂上郎女の
恋ひ恋ひて逢へる時だに愛しき言尽くしてよ長くと思はば
現代語訳:恋い焦がれてようやくお会いしたときだけでも、せめて愛しい言葉のありったけを言い尽くして聞かせてください。
二人の間が長く続くようにとお思いになるのなら
も有名です。
こちらは返歌の方ですが、元の娘婿からの歌はそれほど有名ではありません。
解説記事:
恋ひ恋ひて逢へる時だに愛しき言尽くしてよ長くと思はば/大伴坂上郎女「万葉集」
狭野茅上娘子の贈答歌
狭野茅上娘子 さののちがみおとめの贈答歌は、万葉集の中でも最も多く63首もの歌を相手に送っています。
もっとも有名なのが下の歌
君が行く道の長手を繰り畳ね焼き滅ぼさむ天の火もがも
現代語訳 あなたの行く長い道のりを手繰ってたたんで 焼き滅ぼしてしまうような天の火がほしいものです
解説記事:
君が行く道の長手を繰り畳ね焼き滅ぼさむ天の火もがも 狭野茅上娘子
源氏物語の贈答歌
『源氏物語』には全部で795首の和歌が含まれており、歌の種類は下の3つです。
- 贈答歌
- 独詠歌
- 唱和歌
中でも贈答歌は、源氏物語の中で相当数を占め、物語で重要な役割を持っています。
源氏物語の和歌については下の記事を。
関連記事:
源氏物語の有名な代表作和歌10首 現代語訳と解説
古今和歌集の贈答歌
古今和歌集の贈答歌では、下のような作者の作品が有名です。
小野小町の贈答歌
この贈答歌の一組は、小野小町の歌に始まります。
今はとてわが身しぐれにふりぬれば 言の葉さへに移ろひにけり(古今和歌集 782 小野小町)
現代語訳:時雨に降られたようなわが身の老いた今、あなたの言葉さえも色あせてしまいました
これに返歌を贈ったのが男性の方です。
人を思ふ心この葉にあらばこそ 風のまにまに散りもみだれめ(古今783 小野貞樹)
あなたを思うわたしの心が木の葉ならいざ知らず、風にまかせて散り乱れることなどあるでしょうか
小野小町の恨み言に見える言葉に、見事に返歌を返しています。
紫式部の贈答歌
源氏物語の作者である紫式部にも贈答歌が多くみられます。
下の2首はどちらも女性の友人との間でかわされたものです。
北へ行く雁のつばさにことづてよ雲のうはがきかきたえずして 紫式部
『和泉式部日記』の贈答歌
女流歌人である和泉式部は、『和泉式部日記』の中で多数の贈答歌を記しています。
147首もの和歌作品が含まれており、その多くが贈答歌です。
薫る香によそふるよりはほととぎす聞かばやおなし声やしたると
現代語訳:花橘の香は昔の人を思い出させると言いますが、それよりも、ほととぎすの声を聞きたいものです。同じ声がするのか
解説記事:
薫る香によそふるよりはほととぎす聞かばやおなし声やしたると『和泉式部日記』解説
新古今和歌集の贈答歌
新古今集の贈答歌としては式子内親王と藤原俊成のやり取りを上げます。
式子内親王は贈答歌から和歌の研鑽を始めたともいわれており、俊成はその歌の師に当たります。
古今和歌集には、俊成の妻が亡くなった挽歌として11首がおさめられており、それに俊成が返歌で答える形となっています。
ここでは11種の中の一首と返歌のみをあげます。
式子内親王作の方が
身に滲みて音に聞くだに露けきは別れの庭を払ふ秋風 新古今392
現代語訳:身にしみて妻を亡くしたと聞けば私までも涙がちになるのは、別れの庭を払う秋風のためでしょうか
藤原俊成の贈答歌の返歌
色深き言の葉贈る秋風に蓬の庭の露ぞ散り添ふ
現代語訳:秋風が色深き紅葉を運んでくるように深いありがたいお言葉を送っていただいて、わが家の庭の蓬にも涙の露が散り添うことです
俊成は師とは言え、式子内親王は斎宮で身分が高いこと、また、11首にもなる式子内親王の贈答歌はけっして儀礼的ではない心のこもったものであることがわかります。
恋愛や挨拶の贈答歌とは違い、これらはたいへん大切な心のやり取りであることがわかるでしょう。
式子内親王の一連の歌もぜひ機会があったら味わってみてください。
以上、古典の贈答歌について代表的なものをご紹介しました。