テーマ別短歌 万葉集

七夕の短歌まとめ万葉集 和歌から現代短歌まで良寛 正岡子規 与謝野晶子 宮柊二 岡野弘彦

更新日:

こんにちは。まる @marutankaです。

昨日は七夕、あいにく雨のところが多く、彦星こと牽牛星と織姫、織女の一年に一度の逢いは遂げられたのでしょうか。

今日は、七夕の短歌を集めてみました。

スポンサーリンク




万葉集にある七夕の歌

七夕伝説というのは中国から伝わったもので、ひじょうに古く、万葉集の時代から七夕の歌が詠まれています。

この記事においては、斎藤茂吉が柿本人麻呂作の七夕歌としたものだけを抽出してご紹介します。

万葉集にある七夕歌全文はここから。→ 万葉集の七夕歌

 

万葉集の七夕歌 人麻呂作

万葉集の七夕歌のうち、そのうち前半は柿本人麻呂歌集にあるものです。
この歌集には、人麻呂作とそうでないものが混在して収められていますが、その中から、人麻呂作の七夕歌として確定できるものを挙げておきます。

人麻呂作との確定は斎藤茂吉の説に基づきますが、茂吉がこれらを人麻呂作と考えたのは、他の歌に比べてすぐれた点があるためだと思います。なお、出典は岩波書店刊茂吉全集、付属冊子にある茂吉のメモに拠るものです。

 

あからひくしきたへの児をしば見れば人妻故に我(あれ)恋いぬべし 1999

意味:
頬の赤い寝良げな織女星を幾度も見ると、人妻なのに私は恋をしそうだ

 

天の川安(やす)の渡りに舟浮けて秋立つ待つと妹に告げこそ  2000

意味:
天の川の安の渡し場に船を浮かべて秋が来るのを待っていると妻に告げてほしい

天の川水陰草の秋風になびかふ見れば時は来にけり  2013

意味:
天の川の水影草が秋風になびくのを見ると、その時は来たのだ

我(あ)が待ちし秋萩咲きぬ今だにもにほひに行かな彼方(おちかた)人に  2014

意味:
私が待っていた秋萩が咲いた。今すぐにでも色に染まりに行きたい。向こう岸の人に

 

万代(よろづよ)に照るべき月も雲隠り苦しきものぞ逢はむと思へど  2025

意味:
千万年も照るはずの月も雲に隠れるように会えずに苦しいものだ 会いたく思うのに

これらの歌を語釈入りで読みたい場合は、柿本人麻呂作の七夕歌 万葉集で斎藤茂吉が考えるもの に記しましたので、ご覧ください。

また万葉集の七夕歌の一覧は万葉集の七夕歌をご覧ください。

 

山上憶良の七夕歌

天の川相向き立ちて吾(あ)が恋ひし君来ますなり紐解き設(ま)けな 1518 

現代語訳と意味:
天の川に向き合って立ち 私が恋しく思っていたあのお方がいらっしゃるらしい 紐をほどいて準備しよう

袖振らば見も交(かは)しつべく近けども渡るすべなし秋にしあらねば 1525 

現代語訳と意味:
袖を振ったら見交わせそうなほど近いのに、渡るすべがない 秋ではないので

玉蜻(かぎろひ)のほのかに見えて別れなばもとなや恋ひむ逢ふ時までは? ?1526 

現代語訳と意味:
わずにかに逢っただけで別れてしまったら、やたらに恋しく思うことだろうか。また逢う日まで

 

万葉集以後の時代のもの

それ以後の時代においては、建礼門院右京大夫の七夕の歌があります。
壇ノ浦の闘いで恋人が亡くなった建礼門院は、七夕伝説の悲哀を自分の身にひきつけて歌いました。

建礼門院右京大夫の七夕の短歌

月をこそ ながめなれしか 星の夜の 深きあはれを こよひ知りぬる
彦星の 行き合ひの空を ながめても 待つこともなき われぞかなしき
なげきても 逢ふ瀬をたのむ 天の河 このわたりこそ かなしかりけれ
なにごとも かはりはてぬる 世の中に 契りたがはぬ 星合の空
世の中は 見しにもあらず なりぬるに 面変りせぬ 星合のそら

 

その他

一年に 一夜と思へど 七夕の 逢ひ見む秋の かぎりなきかな  紀貫之「貫之集・屏風歌」
七夕の逢ふ夜の空のかげみえて書きならべたる文ひろげ月  藤原有家『蔵玉集』 
たなばたのいかに心のさわぐらむ稀に逢ふべき文月立つより  平定文『六華集』 
七夕の契りの色にたぐへてや名を得しことも女郎花月  顕昭『蔵玉集』
かささぎのより羽の橋も心せよ七夕月の比待ちえたり  藤原家隆『蔵玉集』
天の川文月は名のみかさなれど雲の衣やよそにぬるらん  藤原定家『拾遺愚草』
織女の年に一夜と契らずは後の文月もあはましものを  実富朝臣母『菊葉和歌集』
わくらばに天の川波よるながら明くる空にはまかせずもがな 徽子女王( きしじょおう)『新古今和歌集』

 

良寛和尚の歌

久方の棚機つ女(め)は今もかも天の河原に出で立たすらし  良寛

意味:
織姫は今も彦星を待って、天の川の河原に出て立っているようだ

 

近代の七夕の短歌

最近では与謝野晶子の「よひよひに天の川なみこひながめ恋こふらしとしるらめや君」が発見されたばかりですが、これも七夕伝説と兄を待つ思いを重ね合わせたものです。与謝野晶子には他にも七夕の歌を詠んだものがあります。

 

与謝野晶子の七夕歌

たなばたをやりつる後(のち)の天の川しろうも見えて風する夜かな  「恋衣」
天の川そひねの床のとばりごしに星のわかれをすかし見るかな
たなばたをやりつる後の天の川しろうも見えて風する夜かな 
浪華がた浮標ごとに火をさせる海の上なる天の川かな
たなばたや簾の外なる香炉のけぶりのうへの天の河かな
いもうとと七夕の笹二つ三つながるる川の橋を行くかな

 

たなばたの星も女ぞ汝(な)をおきて頼む男はなしと待つらん

意味:
七夕の織姫も女。 あなた以外に信頼する男はいないとやはり私のように待っているのでしょうか

おそらく鉄幹に当てて送ったものでしょうか。晶子らしい歌でもあります。

 

正岡子規の七夕歌

 

天地(あめつち)に月人男照り透り星の少女のかくれて見えず
ぬば玉の牛飼星と白ゆうの機織姫ときょうこいわたる

意味:
空と地に月の光が照り渡っていいて、星の少女が隠れてしまって見えない
彦星と織姫は今日七夕が恋の思いを遂げる日だ

 

「月人男」とは月のことで、この語源は万葉集にあるものですが、月が擬人化されてもいたのですね。
この歌では、月が男性で、星が女性とされています。

この正岡子規の「星」連作10首の一連は、冒頭に、芥川龍之介が「侏儒(しゅじゅ)の言葉」で書いた「真砂まさごなす数なき星のその中に吾われに向ひて光る星あり」を含むものです。

真砂なす数なき星の其中に吾に向ひて光る星あり~正岡子規

 

七夕の現代の短歌

 

「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日 俵万智

七夕ではないのですが、「日にちはまず七夕の7日を思い付いたものの、何でもない普通の日こそ記念日と思える歌にしたいと考え、6日を選んだ」と作者が後に成り立ちをtwitterで説明しています。

 

七夕の日暮れて竹に風早し色紙のいろ流るるが見ゆ
七夕の星を映すと水張りしたらひ一つを草むらの中  『宮柊二歌集』宮柊二

七夕の日暮れて笹に風が吹きつけて、短冊の色紙の色が流れるように見える。
もう一首は、草むらの中のたらいの水の面に、七夕の星が光っているという神秘的な情景です。

 

七夕の宵に生まれて人恋ふる性(さが)のあはれを母はいたみき 岡野弘彦

岡野弘彦さんは、七夕の生まれであり、そのために「人を恋するように生まれてしまった、その性質を母がかわいそうに思う」という意味の歌です。

 

夕星はほのに浮き来ぬ葉生姜を下げてゆくなり織女にあらず
夏銀河こぼれ牽牛星死なしめてひた読めばすずしかりし足穂よ 米川千嘉子『夏色の櫂』

「夕星」は「ゆうずつ」と読み、金星のこと。その星の下を、初夏の野菜の葉生姜を下げていく。
「織姫ではないけれども」ということで、恋人に逢いに行く折なのでしょう。

                         

 

わたくしの暗がりで夫が濡れてゆく七夕飾りの匂ひさやさや  川野里子『太陽の壺』

七夕の夜の愛の交歓を詠ったものでしょうか。作者は一年に一度しか会えない恋人たちをふと思ったのでしょう。

 

邂逅の間(あひ)充たしつつ冬の織女(ヴェガ)われのいづこに熟るるその星   今野寿美『花絆』

こちらは、夏ではなくて冬の琴座のヴェガを詠んだものなのですが、「織女」ということは、やはやり七夕への結びつきがあります。
逢いの合間を思う時、心は自然に織姫を思うのでしょう。

 

この家を出ていきたいと七夕の星につくづく願ひをかける  西橋美保『うはの空』

作者は夫の家族と同居して、舅にDVを受けたようです。家庭内の暴力はなかなか表に出にくいものなのですが、作者は歌に詠むことでそれを表しました。

 

 

スカートのなかで左右の内ももが触れあつてゐる雨の七夕 大崎瀬都 『メロンパン』

雨だということは、作者も離れた恋人のことを思っていたものか。その微妙な身体感覚が詠まれています。

 

まとめ

七夕の短歌、いかがでしたか。
伝統のある七夕の歌、この機会に皆様もぜひ歌を詠んでみてくださいね。

 







-テーマ別短歌, 万葉集
-

Copyright© 短歌のこと , 2018 All Rights Reserved Powered by STINGER.