若山牧水

若山牧水はどんな人?9月17日は命日「牧水忌」恋愛と酒の歌人

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9月17日は若山牧水の命日でした。その名前をとって「牧水忌」と呼ばれています。

若山牧水はどんな人だったのでしょうか。人となりを短歌を交えてご紹介します。

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「牧水忌」に若山牧水を思う

天才的だなと思う歌人は、古代より数多くいますが、私にとって若山牧水もその一人です。

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若山牧水の来歴

若山牧水の本名は、若山繁。

そう言えば、「牧水」は筆名や雅号に違いないのですが、これまで「牧水」と呼びならわしてきたので、本名があるということも、それから「若山」という姓すら、それほど思い出さないのくらい「牧水」として、親しんできた感があります。

この「マキ」というのは、牧水の母の名から取られました。

生まれは宮崎県。1885年。15歳で短歌を作り始め、18歳早稲田大学在学中に短歌を生業にしようと心を決めたようです。「牧水」はその時から名乗られました。

処女歌集『海の声』で有名に

早稲田大学を卒業後は、処女歌集『海の声』を出版。

これが、大変な反響を呼び、牧水は歌人として出発。生涯で9000余りの歌を残しました。

妻子を持ち、妻も歌人で牧水に理解がありましたが、1928年9月17日、43歳の若さで世を去りました。

亡くなった原因はというと、どうやら飲酒によって健康がむしばまれたようです。

お酒を飲まない人であったなら、長生きしただろうとも思われますが、しかし、牧水から酒を取ったら、あるいは、歌も生まれなかったからかもしれません。

何しろ、生涯に残した短歌のうち200首は、酒にちなむ歌であったようです。

若山牧水の酒の短歌

その代表的なもの。

白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけり

私はお酒は飲まないのですが、この「白玉の歯にしみとほる」というところを読むと、酒好きな人にとっての、お酒と言うのがどんなものかがわかるような気がします。

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若山牧水の恋愛と短歌の関係

そして、酒ばかりではなく、牧水の生涯で特筆すべきは、やはり、恋愛です。

恋愛ばかりが人生の大事ではありませんが、やはり、恋愛の経験は、歌人に創作意欲をかき立てることが多く、作品がそれによって増えたり、質が高まるきっかけになることが多いようです。

「海の声」は、ほとんどその恋愛体験を詠んだ作品によって成り立っています。牧水の代表作がそうです。

 

若山牧水の代表作短歌

若山牧水の代表的な短歌をもう一度見てみましょう。

白鳥(しらとり)は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ

幾山河こえさりゆかば寂しさのはてなむ国ぞけふも旅ゆく

意味はそれぞれ

「白鳥は悲しくはないのだろうか、空にも海の青い色にも馴染まずに一羽大空を漂っていて」

「山と川をあといくつ越えれば、さびしさのない国にたどり着くのだろうか。今日もまた旅を続けるのだ」

後者は、カール・ブッセの「山のあなた」をモチーフにしたそうです。

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牧水と園田小枝子との恋愛

牧水は、その頃、園田小枝子という女性と知り合いましたが、この女性は人妻であったため、結婚に至らず、牧水は苦悩しました。

なぜかわかりませんが、離婚をさせて自分で引き取ろうというようには思わなかったようで、おそらく、想像もしなかった結果に、恋の熱が冷めてしまったのでしょう。

また、その頃、小枝子が牧水の子を妊娠したと知って、牧水は小枝子を失ったのと後ろめたさとで、酒色に溺れるようになってしまいました。

結果的に、それが牧水と酒とを生涯結びつけるようになってしまった要因でもあったようです。

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牧水の死後のエピソード

牧水の死後の有名なエピソードがあります。

 

酒に溺れる自分を自虐的にとらえた牧水だが、酒と命を引き換えにした営みまで詠んだ歌からは歌人としての迫力すら感じられます。一日一升もの酒を呑んでいたといい、夏の暑い盛りに死亡したのにもかかわらず、死後しばらく経っても死体から腐臭がしなかったため、「生きたままアルコール漬けになったのでは」と、医師を驚嘆させた逸話があるほどです。

――幕別町図書館HP

求婚して身を立て直した牧水

牧水は恋愛でこころも体もぼろぼろになり、「自分を助けてください」といって、喜志子に求婚。

喜志子もそれを受け入れ、4人の子どもを持ちました。

牧水は、旅行を続けていることが多かったようですが、それにしても、帰る家がある、家庭があるということは、かなりの安らぎであったでしょう。

牧水と妻の短歌

最後に若山牧水と、妻喜志子の短歌をご紹介します。

をとめ子のかなしき心持つ妻を四人子の母とおもふかなしさ 牧水

意味:少女のようないとおしい心を持つ妻が4人の子の母であるとおもうと、なおさら愛しい

これに喜志子が詠んだ歌が並んで、生家の横にある歌碑に刻まれています。

うてばひびくいのちのしらべ しらべあひて世にありがたき二人なりしを 喜志子

喜志子にとっては、苦労の多い生活でもあったでしょうが、いのちの調べを響かせ合う生活でもあった、そう詠むこの歌を読むと何となくほっと安心する気もします。

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