若山牧水

若山牧水はどんな人?恋愛と旅、酒の歌人の生涯と短歌

若山牧水は日本でも有数の有名な歌人です。人となりはどのような人だったのでしょうか。

9月17日は若山牧水の命日、「牧水忌」に若山牧水の生涯と短歌を振り返ります。

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「牧水忌」に若山牧水を思う

天才的だなと思う歌人は、古代より数多くいますが、私にとって若山牧水もその一人です。

若山牧水の代表作品は下の二つです。

これはもう知らない人はいないくらいの有名な名作といえます。

若山牧水の有名な歌はこちらから

若山牧水の代表作短歌10首

若山牧水の短歌代表作2首

白鳥はかなしからずや空の青海のあをにも染まずただよふ

幾山河越えさり行かば寂しさの終てなむ国ぞ今日も旅ゆく

とぢらの作品も、若山牧水の代表作とされて、教科書にも掲載されています。

いずれも今に至るまで、愛唱されて止むことがありません。

どちらも若山牧水の初期の作品で、下に説明する通り、恋愛の苦しみの中で詠まれた歌であり、若山牧水のテーマの一つ「さびしさ」が基調をなしています。

これらの歌の現代語訳は下に記してあります。

二つの歌の詳しい解説は下の記事に

 

若山牧水のプロフィール

若山牧水の本名は、若山繁(しげる)。

そう言えば、「牧水」は筆名や雅号に違いないのですが、これまで「牧水」と呼びならわしてきたので、本名があるということも、それから「若山」という姓すら、それほど思い出さないのくらい「牧水」として、親しんできた感があります。

「牧水」の「牧」、この「マキ」というのは、牧水の母の名から取られました。

生まれは1885年宮崎県が生家の場所です。

その後、15歳で短歌を作り始め、18歳早稲田大学在学中に短歌を生業にしようと心を決めたようです。

「牧水」はその時から名のられるようになりました。

 

若山牧水短歌の「あくがれ」と「さびしさ」

牧水のキーワードは「さびしさ」そして「あくがれ」だと言われます。

その頃の歌

われ歌をうたへりけふも故わかぬかなしみどもにうち追はれつつ

意味は、「私は歌を歌い詠む。今日も理由のわからない悲しみに追いたてられるようにして」

 

 

けふもまたこころの鐘をうち鳴らしうち鳴らしつつあくがれて行く

意味は、「きょうもまた、巡礼のように心の鐘を鳴らしながら、あこがれて旅に出ていくのだ」

牧水は生涯、旅をつづけた歌人でもありました。

それは旅に出て短歌を詠んだり、旅先で催し物をしたりして、生活のためでもありましたが、また、何かに駆り立てられるように旅をせずにはいられない性分であったようです。

処女歌集『海の声』で有名に

早稲田大学を卒業後は、処女歌集『海の声』を出版。

たいへん調子の高い恋愛の歌が多く収録されています。

海哀し山またかなし酔い痴れし恋のひとみにあめつちもなし

風わたる見よ初夏のあを空を青葉がうへをやよ恋人よ

いざ行かむ行きてまだ見ぬ山を見むこのさびしさに君は耐ふるや

われまよふ照る日の海に中ぞらにこころねむれる君が乳の辺に

接吻くるわれらがまへに涯もなう海ひらけたり神よいづこに

山を見よ山に日は照る海を見よ海に日は照るいざ唇を君

これが、大変な反響を呼び、牧水は歌人として出発。

生涯で9000余りの歌を残しました。

若山牧水の死因と酒

妻子を持ち、妻も歌人で牧水に理解がありましたが、1928年9月17日、43歳の若さで世を去りました。

亡くなった原因はというと、どうやら飲酒によって健康がむしばまれたようです。

お酒を飲まない人であったなら、長生きしただろうとも思われますが、しかし、牧水から酒を取ったら、あるいは、歌も生まれなかったからかもしれません。

何しろ、生涯に残した短歌のうち200首は、酒にちなむ歌であったようです。

 

若山牧水の酒の短歌

若山牧水の酒の短歌のもっとも代表的なものが下の歌です。

白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけり

私はお酒は飲まないのですが、この「白玉の歯にしみとほる」というところを読むと、酒好きな人にとっての、お酒と言うのがどんなものかがわかるような気がします。




 

若山牧水の恋愛と短歌

そして、酒ばかりではなく、牧水の生涯で特筆すべきは、やはり、恋愛です。

恋愛ばかりが人生の大事ではありませんが、やはり、恋愛の経験は、歌人に創作意欲をかき立てることが多く、作品がそれによって増えたり、質が高まるきっかけになることが多いようです。

真昼日の ひかり青きに 燃えさかる 炎か哀し わが若さ燃ゆ

海哀し 山またかなし 酔い痴れし 恋のひとみに あめつちもなし

「海の声」は、ほとんどその恋愛体験を詠んだ作品によって成り立っています。牧水の代表作二首もそうです。

この二つをもう少し詳しく見てみましょう。

若山牧水の代表作短歌の現代語訳

若山牧水の代表的な短歌二首

白鳥(しらとり)は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ

幾山河こえさりゆかば寂しさのはてなむ国ぞけふも旅ゆく

意味はそれぞれ

「白鳥は悲しくはないのだろうか、空にも海の青い色にも馴染まずに一羽大空を漂っていて」

「山と川をあといくつ越えれば、さびしさのない国にたどり着くのだろうか。今日もまた旅を続けるのだ」

後者は、カール・ブッセの「山のあなた」をモチーフにしたそうです。

 

園田小枝子との恋愛と別離

牧水は、その頃、園田小枝子という女性と知り合いましたが、この女性は人妻であったため、結婚に至らず、牧水は苦悩しました。

なぜかわかりませんが、離婚をさせて自分で引き取ろうというようには思わなかったようで、おそらく、想像もしなかった結果に、恋の熱が冷めてしまったのでしょう。

また、その頃、小枝子が牧水の子を妊娠したと知って、牧水は小枝子を失ったのと後ろめたさとで、酒色に溺れるようになってしまいました。

結果的に、それが牧水と酒とを生涯結びつけるようになってしまった要因でもあったようです。

園田小枝子との恋愛の次第は下の記事に

若山牧水と園田小枝子の恋愛と作品への影響 歌集「海の声」「別離」

「海の声」以後の失恋の短歌は下の記事にあります

若山牧水の恋愛と失恋の短歌『牧水の恋』おり

若山牧水の死後のエピソード

園田小枝子との恋愛を失った牧水は酒に耽溺します。

そして、その”酒癖”は、死ぬまで治りませんでした。

晩年の牧水は、酒によって体を壊し、禁酒を言い渡されますが、それでもお酒はやめられなかったようです。

そして、牧水の死後の有名なエピソードがあります。

酒に溺れる自分を自虐的にとらえた牧水だが、酒と命を引き換えにした営みまで詠んだ歌からは歌人としての迫力すら感じられます。一日一升もの酒を呑んでいたといい、夏の暑い盛りに死亡したのにもかかわらず、死後しばらく経っても死体から腐臭がしなかったため、「生きたままアルコール漬けになったのでは」と、医師を驚嘆させた逸話があるほどです。

――幕別町図書館HP

 

結婚で救われた若山牧水

牧水は恋愛でこころも体もぼろぼろになり、「自分を助けてください」といって、喜志子に求婚。

喜志子もそれを受け入れ、4人の子どもを持ちました。

牧水は、旅行を続けていることが多かったようですが、それにしても、帰る家がある、家庭があるということは、かなりの安らぎであったでしょう。

若山牧水と妻の短歌

最後に若山牧水と、妻喜志子の短歌をご紹介します。

をとめ子のかなしき心持つ妻を四人子の母とおもふかなしさ 牧水

意味:少女のようないとおしい心を持つ妻が4人の子の母であるとおもうと、なおさら愛しい

これに喜志子が詠んだ歌が並んで、生家の横にある歌碑に刻まれています。

うてばひびくいのちのしらべ しらべあひて世にありがたき二人なりしを 喜志子

喜志子にとっては、苦労の多い生活でもあったでしょうが、「いのちの調べ」を響かせ合う生活でもあった、そう詠むこの歌を読むと何となくほっと安心する気もします。




-若山牧水