蓑虫の音を聞きに来よ草の庵 松尾芭蕉の蓑虫の俳句  

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蓑虫の音を聞きに来よ草の庵 松尾芭蕉の蓑虫の俳句

2020年10月12日

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蓑虫の音を聞きに来よ草の庵

秋になると思い出す、松尾芭蕉の蓑虫の句です。

芭蕉の有名なこの句の意味、鳴くはずはない蓑虫の「音」とはなんでしょうか。

この句の由来と、句を贈られた弟子の服部土芳の蓑虫庵についてもお伝えします。

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作者:松尾芭蕉

意味は、「蓑虫の音を聞きにおいでなさい。この草の庵に」というもの。

元々は、2020貞享四年秋、芭蕉庵で詠んだ作です。

芭蕉の前書き

芭蕉自身のその句への前書きは以下のようなものです。

草のとぼそに住みわびて秋風悲しげなる、夕暮れ友どちの方へつかわしける

意味は、「草の庵のわび住まいにて秋風がさびしい夕暮れ、友にこの句を贈った」というもの。

元々は自分の庵へのお誘いであったようです。

 

松尾芭蕉の「蓑虫跋」より

本山桂川はこの句について、下のように記しています。

 芭蕉に「蓑虫跋」という一文がある。「草の戸さしこめて物わびしき折しも、たまたまみの虫の一句をいう。わが友素翁(素堂のこと)はなはだあわれがりて詩を題し文字をつらぬ。云々」句は草庵へ蓑虫の音を聞きに来いというのである、蓑虫の鳴く音は細く淋しいと思われているので静寂の境地を愛する人々には好ましいものであろう。(後略)」

「はなはだあわれがりて」とは、この場合、現代語でいう「哀れ」とは違い、その句に「感じ入って、賞美讃嘆して」というほどの意味となります。

素堂と話しているときに、たまたま上の句を詠んだが、素堂がそれを気に入ったというのですね。

弟子の服部土芳に贈った蓑虫の句

そして、この句は、貞享5年(1688年)、弟子の服部土芳(はっとり とほう)が庵を作ったときに贈られました。

土芳はこの句の通り、「蓑虫庵」と名付けて、そこにこもって俳諧に専念したそうです。

蓑虫庵の場所

 

松尾芭蕉の他の俳句

閑さや岩にしみ入る蝉の声

行く春や鳥啼魚の目は泪

蓑虫の音を聞きに来よ草の庵

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野ざらしを心に風のしむ身哉

古池や蛙飛びこむ水の音

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「蓑虫の音」は枕草子に

蓑虫が鳴くという説に関しては、清少納言の枕草子(四十段)に、

みのむし、いとあはれなり。鬼の生みたりければ、親に似てこれもおそろしき心あらんとて、親のあやしききぬを着せて、「いま秋風吹かむをりぞ来んとする。まてよ」といひおきて、にげていにけるも知らず、風の音を聞き知りて、八月ばかりになれば、「ちちよ、ちとよ」と  はかなげに鳴く、いみじうあはれなり。

というくだりがあり、蓑虫は「ちちよ ちちよ」と鳴くことになっています。

もちろん、句の上では、その鳴き声は本当の物、実質ではないでしょう。

蟋蟀や鈴虫などありきたりのものではなく、鳴かない蓑虫の声に耳を傾ける、その方が風情を感じられます。

芭蕉は土芳の庵を度々訪ねたとも言われます。俳人同士の語らいは、さぞ楽しかったことでしょう。




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