春雨は古くから情緒のあるものとして、和歌や短歌に詠まれています。
春雨のそれぞれの時代で代表的な短歌を万葉集から古今集、近代短歌からご紹介します。
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読み:くれないの にしゃくのびたる ばらのめの はりやわらかに はるさめのふる
作者:
正岡子規 「竹の里歌」
現代語訳と意味:
紅色の60センチほど伸びた薔薇の枝、そのまだやわらかい棘に春雨がふりかかっている
正岡子規の春雨の代表的な短歌です。春雨と雨に濡れる薔薇の芽がなんとも美しい取り合わせです。
※この歌の解説記事:
くれなゐの二尺のびたる薔薇の芽の針やはらかに春雨の降る 正岡子規 情景を解説
春雨のやまず降る降る我(あ)が恋ふる人の目すらを相見せなくに
作者:よみ人知らず『万葉集』
意味:春雨が止まずに降り続けているので、その雨にけぶって私の恋しい人の顔も見えない
万葉集では「目」というのが、相手の顔や姿を表す言葉として用いられています。
春雨(はるさめ)に争ひかねて我が宿(やど)の桜の花は咲きそめにけり
作者:よみ人知らず『万葉集』
意味:せかすように降る春雨に抗えず、私の家の桜の花が咲き始めたのだなあ
「争いかねて」というところが、桜を擬人化しているようでおもしろいところです。
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以下は万葉集以後の古今集・新古今集からの春雨の有名な和歌です。
わがせこが衣春雨ふるごとに野辺のみどりぞ色まさりける
作者:紀貫之『古今集』
意味:春雨が降るごとに、少しずつ、野原の緑が濃くなっていくのだよ
「わがせこが衣」は、ここまでで春にかかる序詞ですので、内容を表すのはそれ以下です。
「ごとに」「まさる」といういい方で、時間経過を詠み込んだ歌となっています。
春雨ににほへる色もあかなくにかさへなつかし山吹の花
作者:読み人知らず『古今集』
意味:春雨に濡れてつややかに美しい色も飽きないのに、香りまでも心ひかれる山吹の花よ
春雨はいたくなふりそ桜花まだ見ぬ人にちらまくもをし
作者:山部赤人『新古今集』所収
意味:春雨よひどく降らないでくれ。まだ桜を見ていない人に散る前にみてほしいので
叙景歌にすぐれた山部赤人の有名な歌です。
思ひあまりそなたの空をながむれば霞を分けて春雨ぞ降る
読み: おもいあまり そなたのそらを ながむれば かすみをわけて はるさめぞふる
作者と出典
皇太后宮大夫俊成 藤原俊成(ふじわらのとしなり)
新古今集 1107
現代語訳と意味
思いが余って恋しさのあまり、あなたの居る方の空を眺めたら、霞がかった空より春雨が降っている
解説記事:
思ひあまりそなたの空をながむれば霞を分けて春雨ぞ降る 藤原俊成
花は散りその色となくながむればむなしき空に春雨ぞふる
読み:はなはちり そのいろとなく ながむれば むなしきそらに はるさめぞふる
作者と出典
式子内親王(しょくしないしんのう)
新古今集 149
現代語訳と意味
花はすっかり散りはててしまって どこということもなくてしみじみと思いをこらしてみると、何もない大空に春雨が降っている
解説記事:
花は散りその色となくながむればむなしき空に春雨ぞふる 式子内親王
つくづくと濡れそふ袖に驚けば降るとも見えで春雨ぞ降る
作者:俊成法師
意味:すっかり濡れてしまった着物の袖に驚いてみると、降っているとは見えなかった春雨が降っている
「降るとも見えで」で、音もなく、冷たくもない、細かい春雨の様子が表されています。
細かく静かな、といった形容ではなくて、「私が、気がつくほどでなかった」と主観的に言い換えているのですね。
ここから下は近代の短歌です。
春雨のなかより見れば葦原の奥つ山にはみ雪降りたり
作者:島木赤彦
意味:春雨の中から見ると、葦原の奥の山には雨が雪のまま降っている
自分のいる里においては、暖かい春雨なのだが、山の方を見ると雪が降っているのが見えるという歌です。
葦原は「葦の生い茂る原や湿地帯」のことであるようで、おそらく山の麓を差すのでしょうか。
時間の幅ではなくて、視線の幅、雨と雪との違いが、対象との距離感、景色の広さ、雄大さを表しています。
春雨のこの降る雨の木(こ)がくりに雉子(きぎす)啼くなり遊べるらしも
作者:中村憲吉
意味:春雨の降る雨の木陰に雉の声がする。遊んでいるらしい
めずらしい4句切れの歌。結婚間もない妻との生活を詠った一連の冒頭の歌で、一連の最後は「春されば雉子(きぎす)啼く夜の山のさと我家(わぎへ)に嬬(つま)を率(ゐ)てかへりねむ」。妻との暖かい生活の喜びが静かに伝わってくる歌です。
春の雨ふりてしづけし瀬戸の海の水おぼろかにささ濁り見ゆ
作者:古泉千樫
意味:春の雨が降って静かな瀬戸内の海の水は、ぼんやりと濁って見える
「しづけし」は基本形なので二句切れ。
「ささ濁り」とは雨の影響で、水若干濁って見える状態を表します。
出張した折の歌で、春雨の降る船の上から見た海の水を詠んだ歌です。
よにも弱き吾なれば忍ばざるべからず雨ふるよ若葉かへるで
作者:斎藤茂吉
意味:世にも弱い私だから、耐え忍ばなくてはならない。雨降る夜、青々した楓の若葉も雨に打たれている
めずらしい破調の歌。
「・・・ざるべからず」は、打消しの助動詞「ざり」の連体形+連語「べからず」(二重否定で意味を強めて)「…しなければならない。…せよ」の意味。
一連は『赤光』「うつし身」、いずれも「雨」を含む良い歌です。
斎藤茂吉のこの一連の歌は下の通り。
雨にぬるる広葉細葉(ひろばほそば)の若葉森あが言ふこゑのやさしくきこゆ
やはらかに濡れゆく森のゆきずりに生の命の吾をこそ思へ
よにも弱き吾(われ)なれば忍ばざるべからず雨ふるよ若葉かへるで
青山(あをやま)の町陰(まちかげ)の田の水(み)さび田(た)にしみじみとして雨ふりにけり