酒を詠んだ和歌、短歌を集めてみました。
お酒というと何となく秋というイメージがなくはありませんが、熱燗がおいしい季節でもあり、秋とは言わず鑑賞してみてください。
酒を詠んだ和歌・短歌
酒を詠んだ短歌や和歌には有名なものもが少なくありません。
酒は古代からたしなまれ、特に万葉集の時代には、宴会にはお酒と和歌の両方が楽しまれてきました。
万葉集の酒の和歌
令和の語源となった「梅花の宴」にしても、お酒の入る席で皆が一首ずつ披露をしたものです。
また、額田王の問答歌も相聞ではありますが、宴席で皆の前で男女が交わした歌のやり取りです。
解説記事:
万葉集「梅花の歌32首」現代語訳と解説
あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る 額田王の問答歌
お酒と短歌にはこうして切っても切れないつながりがあるようです。
今のように文学的に感傷をするというよりも、短歌がもっと身近なものでもあったのですね。
万葉集で酒を詠んだ最も有名なものは、梅花の宴も主催した大伴旅人の「酒をほむる歌」というものです。
験なきものを思はずは一坏の濁れる酒を飲むべくあるらし
読み:しるしなき ものをおもわずは ひとつきの にごれるさけを のむべくあるらし
作者と出典
338 作者 大伴旅人
現代語訳:
何の甲斐もない物思いをするくらいなら、一杯の濁り酒を飲むべきであるらしい
解説
澄んだ酒、清酒ではなくて濁り酒というものがあったようですが、心のくぐもった様子にもふさわしいお酒です。
他の和歌には
なかなかに人とあらずは酒壷に成りにてしかも酒に染(し)みなむ 343
この世にし楽しくあらば来む世には虫に鳥にも我はなりなむ 348
いずれもこの世の憂さを晴らすものとしてのお酒が詠まれているわけですが、この一連の和歌は この時代には珍しい思想性がある作品群です。
解説記事:
験なきものを思はずは一坏の濁れる酒を飲むべくあるらし 大伴旅人「酒を讃むる歌」
春柳かづらに折りし梅の花誰れか浮かべし酒坏の上に
読み:はるやなぎ かづらにおりし うめのはな たれかうかべし さかづきのえに
作者と出典
万葉集0840:
壹岐目村氏彼方
現代語訳と意味
春の柳をかずらに折った。梅の花を誰が浮かべたのか、盃の上に
解説
梅花の宴32首の中の一首。
梅花の宴は梅の花を見ながらお酒を飲み楢が歌を詠みかわすという趣向の宴会でした。
カズラとは髪飾りのことで、
おそらく、作者はこの歌を詠むときにカズラの枝と盃の両方をかざしながら、その手ぶり皆に見せたと思われます。
梅の花夢に語らくみやびたる花と我れ思ふ酒に浮かべこそ
読み:うめのはな ゆめにかたらくみやびたる はなとあれもう さけにうかべこそ
作者と出典
大伴旅人 万葉集0852
現代語訳と意味
梅の花が夢で語りかけるには「みやびな花だと自分でも思います。お酒に浮かべてくださいな」
解説
こちらは大伴旅人の「後に後に梅の歌に追和せし4首」の歌です。
酒に浮かべるというのは、実際にもいろいろなものを盃に添えてそのような楽しみ方をしたのではないでしょうか。
古今集や新古今集の酒の歌
続く古今集や新古今集には酒や酔いの歌は見つからないと言われています。
当時は酒は雅なものではないとされていたようで、もちろん飲まれてはいたでしょうが、和歌の題材にはならなかったようなのです。
もう少し探してから見つかったら書き足そうと思います。
近代短歌の酒の歌
近代短歌の時代にはお酒といえば、酒と旅の歌人、若山牧水です。
残念ながらお酒で命を縮めてしまったのですが、それだけにお酒の秀歌もみられます。
白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけれ
読み:「しらたまの はにしみとおる あきのよの さけはしずかに のむべかりけれ」
同じく秋の夜の酒の短歌。しみじみとした秀歌で、若山牧水の短歌の中でも有名なものです。
一首の意味
「白玉の」は枕詞ですが、この場合「白い歯」ということで、その白い歯にすら沁みとおるような味わいの秋の夜の酒は、心静かに飲んでその風情を楽しもう、という意味の歌。
解説
牧水は酒豪ではあったわけですが、「きれいな酒」と身内には言われている通り、、しみじみと酒のうまさを味わうという歌です。
解説記事:
白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけれ 若山牧水の秋の短歌二首
他にも
かんがへて飲み始めたる一合の二合の酒の夏のゆふぐれ
というのもあります。
こちらはいかにも酒飲みらしい歌です。
この歌の解説は
かんがへて飲み始めたる一合の二合の酒の夏のゆふぐれ 若山牧水の酒の歌
いつも来る
この酒店のかなしさよ
ゆふ日赤赤と酒に射し入る
ん「酒肆」の読みは「酒店」。
ただし、石川啄木は仕事で花街にも通っていましたが、どうもお酒は体質的に飲めなかったのではないかと思います。
2冊目の歌集『悲しき玩具』には、「今日もまた酒のめるかな!/酒のめば/胸のむかつく癖を知りつつ」の歌がみられるためです。
この家に酒をつくりて年古りぬ寒夜は蔵に酒の滴るおと
読み:このいえに さけをつくりて としふりぬ かんやはくらに さけのたるおと
作者と出典
中村憲吉 『しがらみ』,
中村憲吉は家が酒蔵を営んでいました。資産化でもあったため家を継がなくてはならず、生家に戻らなくてはならなかったこととその心情は歌集のタイトルにも表れています。
紅燈のちまたに往きてかへらざる ひとをまことのわれと思ふや
読み:こうとうの ちまたにいきて かえらざる ひとをまことの われとおもうや
作者
吉井勇 「酒ほがひ」
短歌の意味
祇園の花街に行って帰ってこないそのような人が本当の私だと思うでしょうか
解説
この歌人吉井勇も酒と放蕩を題材にした作品で名を馳せました。
その歌集のタイトルが「酒ほがひ」ですので、お酒があっての歌の数々なのです。
代表作は「かにかくに祇園はこひし寝るときも枕の下を水のながるる」と、祇園の夜の記憶を詠んでいます。
解説記事:
吉井勇の短歌代表作 かにかくに祇園はこひし寝るときも枕の下を水のながるる
たまきはる命みじかくたふとかりかならず酒をわれつつしまむ
作者と出典:
古泉千樫 『靑牛集』
解説
古泉千樫はお酒は好きだったようですが結核にかかりました。
そのためお酒を控えてて命を長らえようという思いを上のように詠んでいます。
いざ子ども世のさいはひは健かに豊酒を飲むこの一ときを
作者と出典:
斎藤茂吉 『寒雲』
解説
斎藤茂吉の歌でお酒の出てくるものはあまり覚えがないのですが、これは正月の酒、お屠蘇のことでしょう。
「豊酒」の読みは「とよみき」。
屠蘇とはせずにこの言葉を他の歌にも用いています。
酒の短歌まとめ
お酒の短歌をまとめてみましたが、実はほとんどお酒がいただけません。
少しでも飲めるようになって、これらの歌も味わえるようになりたいものです。