万葉集の東歌とは、万葉集の14巻に収録された東国地方の和歌群です。
東歌の代表的な和歌作品、有名な秀歌にはどのようなものがあるのか、一覧にまとめます。
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万葉集の東歌とは
万葉集の巻14巻は、「東歌」と言われる歌群が収録されています。
『万葉集』の東歌は、国名の明らかなもの 90首と不明のもの 140首から成ります。
万葉集の東歌の特徴を一言でいうと、その地方性、民謡性と、一般の民衆の素朴な生活が詠まれたという点です。
東国とは
「東」は、当時の東国と呼ばれた、駿河,伊豆,信濃,相模,武蔵,上総,下総,上野,下野,常陸,陸奥の12ヵ国を指します。
これらの地方で集められた歌が、万葉集の14巻に集約されて掲載されたのが東歌なのです。
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東歌の作者について
東歌の作者は、民謡として歌われていた歌を含めて、作者がわからない、いわゆる「作者不詳」の歌が多くなっています。
推定される作者は、今日から来た役人や旅人、遊女などの作品も混じっていると言われています。
東歌の歌風と方言
東歌の歌風の特徴は、ローカルな民謡のような位置づけであり、訛や方言がそのままに詠まれています。
たとえば「わが」と詠まれるものが「あが」であったり、「何か」を「あどか」他の方言が、そのままに記載の上収録されています。
東歌の特徴3つ
東歌の特徴、地方性と民謡性について、詳しくまとめます。
特徴1 作者が一般民衆
特徴2 訛と方言
特徴3 民謡性
特徴1 作者が一般民衆
万葉集の東歌の作者は、柿本人麻呂のような専門歌人の歌ではなく、一般の人たちの歌が多く収録されています。
また、身分の高い天皇や官人のような人ではなく、作者不詳であるような、市井の人の作品が今に伝わるものです。
そのため、技巧的ではなく、素朴な感慨を素直に歌ったものが主題となっている歌が多く見られます。
防人の歌を含めて、家族や恋人など身近な人に向けて詠ったものも多く、単に恋愛の歌というだけではなく、普遍的な人の情やあたたかい心持ちが伝わる歌が多いのです。
歌人の岡野弘彦は、万葉集で東歌と防人の歌のある巻を最も好んでいると言う理由もそこにあります。
特徴2 訛と方言
万葉集において、中央語ではなく、地方の言葉が含まれているのは、この東歌であり、それが東歌のもっとも印象深い特徴の一つです。
そして、この方言や訛が、実際に地方に生きていた人々の言葉であるところが実感できます。
素朴ながら、人々のの息吹をじかに伝えるところとなっており、万葉集においても独立した感をなしています。
特徴3 民謡性
東歌のもう一つの特徴は、人々が集団で歌った歌、すなわち、作業歌といわれるものや、民謡が多く含まれているというところです。
有名な専門歌人誰か一人の歌ではなく、皆が愛誦し、文字ではなく口誦で伝わった歌が、民謡であり、作業歌です。
これらの歌を書き留めた14巻は、当時の人の生活を垣間見ることもできます。
東歌は、その点でも歌の優劣を越えた価値を備えているといえるでしょう。
東歌の代表的な和歌3首
東歌の有名でよく知られた歌、代表的で、既に有名な歌は以下の和歌です。
多摩川にさらす手作りさらさらに何そこの児のここだかなしき 3373
信濃道は今の墾り道刈りばねに足踏ましなむ沓履けわが背 3399
稲つけばかかる我が手を今夜もか殿の若子が取りて嘆かむ 3459
有名な東歌の意味と現代語訳
それぞれの歌の現代語訳は以下の通りです。
多摩川にさらす手作りさらさらに何そこの児のここだかなしき
現代語訳:多摩川にさらす手作り布の さら ではないが、さらさらにどうして子のこのことを、こんなにも甚だしく愛しく感じるのだろうか
※解説ページ→ 多摩川にさらす手作りさらさらに何そこの児のここだかなしき
信濃道は今の墾り道刈りばねに足踏ましなむ沓履けわが背
現代語訳:信濃路は今切り開いたばかりの道です。切り株で馬に足にけがをさせてはいけません。靴を履かせなさい、あなた
※解説ページ→ 信濃道は今の墾道刈株に足踏ましなむ沓はけわが背
稲つけばかかる我が手を今夜もか殿の若子が取りて嘆かむ
現代語訳:稲つきによって荒れた私の手を取って、今夜もお屋敷の若様が嘆くことであろうよ
※解説ページ→ 稲つけばかかる我が手を今夜もか殿の若子が取りて嘆かむ
東歌の代表的な和歌一覧
それ以外のよく知られた有名な歌、秀歌は以下の通りです。
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夏麻引く海上潟の沖つ洲に船は留めむさ夜更けにけり 3348
筑波嶺に雪かも降らるいなをかも愛しき子ろが布乾さるかも 3351
※この歌の解説→筑波嶺に雪かも降らる の解説
信濃なる須我の荒野に霍公鳥鳴く声聞けば時過ぎにけり 3352
天の原富士の柴山木の暗の時移りなば逢はずかもあらむ 3355
富士の嶺のいや遠長き山道をも妹がりとへばけによばず来ぬ 3356
伊豆の海に立つ白波のありつつも継ぎなむものを乱れしめめや 3360
足柄の彼面此表に刺すわなのかなる間しづみ児ろ我紐解く 3361
まかなしみさ寝に我は行く鎌倉の水無瀬川に潮満つなむか 3366
多摩川にさらす手作りさらさらに何そこの児のここだかなしき 3373
※この歌の解説→多摩川にさらす手作り 解説
武蔵野のをぐきが雉立ち別れ去にし宵より背ろに逢はなふよ 3375
にほ鳥の葛飾早稲を饗すとも その愛しきを外に立てめやも 3386
筑波嶺の嶺ろに霞居過ぎかてに息づく君を率寝てやらさね 3388
信濃道は今の墾り道刈りばねに足踏ましなむ沓履けわが背 3399
※この歌の解説→信濃道は今の墾道 解説
吾が恋はまさかもかなし草枕多胡の入野のおくもかなしも 3403
上野安蘇のま麻群かきむだき寝れど飽かぬをあどか我がせむ 3404
伊香保ろのやさかのゐでに立つ虹の顕はろまでもさ寝をさ寝てば 3414
下野の三毳の山の小楢のす目ぐはし児ろは誰が笥か持たむ 3424
下野の安蘇の河原よ石踏まず空ゆと来ぬよ汝が心の告れ 3425
筑紫なるにほふ児ゆゑに陸奥の可刀利娘子の結ひし紐解く 3427
鈴が音の早馬駅家の堤井の水をたまへな妹が直手より 3439
おもしろき野をばな焼きそ古草に新草まじり生ひは生ふるがに 3452
稲つけばかかる我が手を今夜もか殿の若子が取りて嘆かむ 3459
あしひきの山沢人の人多にまなといふ児があやに愛しさ 3462
植竹の本さへと響み出でて去なば何方向きてか妹が嘆かむ 3474
麻苧らを麻笥にふすさに績まずとも明日着せさめやいざせ小床に 3484
児もち山若かへるでの黄葉まで寝もと吾は思ふ汝は何どか思ふ 3494
※この歌の解説 「児もち山」の東歌解説
高き嶺に雲の着く如す我さへに君に着きなな高峰と思ひて 3514
我が面の忘れむしだは国溢り嶺に立つ雲を見つつ偲はせ 3515
昨夜こそは児ろとさ宿しか雲の上ゆ鳴き行く鶴の間遠く思ほゆ 3522
くへ越しに麦食む小馬の はつはつに相見し子らしあやに愛しも 3537
防人に立ちし朝明の金門出に手離れ惜しみ泣きし児らはも 3569
葦の葉に夕霧立ちて鴨が音の寒き夕べし汝をば偲ばむ 3570
かなし妹をいづち行かめと山菅のそがひに寝しく今し悔しも 3577
以上万葉集の東歌の代表作品と、東歌の特徴について解説しました。