万葉集

「防人の歌」万葉集の有名な短歌・和歌 斎藤茂吉の『万葉秀歌』他から

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「防人の歌」として知られる万葉集の一ジャンルの短歌、和歌から、有名でよく知られている作品、秀歌として取り上げられる作品をまとめました。

防人とは、飛鳥時代から平安時代、東国などから派遣されて、3年交代で北九州の守備に当たった兵士たちのことで、歌を詠んだのは、兵士自身の他、兵士の家族たちです。

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防人(さきもり)とは

防人とは、飛鳥時代から平安時代、東国などから派遣されて、3年交代で北九州の守備に当たった兵士たちのことです。

遠い九州まで旅をして、家族と長いこと別れなければならず、家族との別れと望郷の念、悲嘆の気持ちを兵士も家族も歌に表しました。

それが、万葉集に収録され、今に至るまで防人の歌として詠み継がれているものです。

万葉集の「防人の歌」

防人の短歌・和歌は万葉集の14巻、それと20巻など、別々の巻に飛び飛びに入っているため、その中からよく知られた歌、秀歌とされている歌を、こちらに1つにまとめました。

秀歌とされているものは、斎藤茂吉の『万葉秀歌』を元に選出しています。

このページはインデックスです。歌の解説は後ほど書き足すか、別ページにて記します。

万葉集の「防人の歌」秀歌一覧

うゑたけの本さへ響み出でて去なば何方向きてか妹が嘆なげかむ 〔巻十四・三四七四〕 東歌

あが面の忘れむ時しだは国溢り峰に立つ雲を見つつ偲ばせ 〔巻十四・三五一五〕 東歌

対馬の嶺は下雲あらなふ上の嶺にたなびく雲を見つつ偲ばも」(巻十四・三五一六)

さきもりに立たちし朝けの金門出に手放れ惜しみ泣きし児こらはも 〔巻十四・三五六九〕 東歌・防人

葦の葉はに夕霧立たて鴨が音の寒き夕べし汝をば偲ばむ 〔巻十四・三五七〇〕 東歌・防人

我が妻はいたく恋ひらし飲む水に影さへ見えてよに忘られず(若倭部身麻呂) 〔巻十四・四三二二〕

わが妻も画にかきとらむ暇もが旅行ゆく我は見つつ偲ばむ 〔巻二十・四三二七〕 防人

大君の命かしこみ磯に触り海原わたる父母を置きて 〔巻二十・四三二八〕 防人

水鳥の立ちのいそぎに父母に物言はず来(け)にて今ぞ悔しき(巻二十・四三三七)

忘らむと野行き山行き我来れど我が父母は忘れせぬかも(同・四三四四)

橘の美衣利みえりの里に父を置きて道の長道ながては行きがてぬかも(同・四三四一)

吾等(わろ)旅は 旅と思ほど 家にして子持ち廋(や)すらむわが妻(み)かなしも〔巻十四・四三四三〕

父母が頭かしらかき撫なで幸さく在れていひし言葉ぞ忘れかねつる(同・四三四六)

百隈の道は来にしをまた更に八十島過ぎて別れか行かむ 〔巻二十・四三四九〕 防人

蘆垣の隈所に立ちて吾妹子が袖もしほほに泣きしぞ思もはゆ 〔巻二十・四三五七〕 防人

大君の命かしこみ出で来くれば我ぬ取り着きていひし子なはも 〔巻二十・四三五八〕 防人           ○

筑波嶺のさ百合の花の夜床にも愛しけ妹ぞ昼もかなしけ 〔巻二十・四三六九〕 防人

あられ降り鹿島の神を祈りつつ皇御軍に吾は来にしを 〔巻二十・四三七〇〕 防人

ひなぐもり碓日の坂を越えしだに妹が恋ひしく忘らえぬかも 〔巻二十・四四〇七〕 防人

防人に行くは誰が夫せと問ふ人ひとを見みるが羨しさ物思もひもせず 〔巻二十・四四二五〕 防人の妻

小竹が葉のさやぐ霜夜に七重着かる衣にませる子ろが膚はも 〔巻二十・四四三一〕 防人





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