夏のかぜ山よりきたり三百の牧の若馬耳ふかれけり
与謝野晶子の教科書掲載の短歌の現代語訳と意味、句切れと修辞、文法や表現技法などについて解説、鑑賞します。
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夏のかぜ山よりきたり三百の牧の若馬耳ふかれけり
読み: なつのかぜ やまよりきたり さんびゃくの まきの わかうま みみふかれけり
作者と出典
与謝野晶子 『舞姫』
現代語訳
馬が大勢いる牧場に山からすがすがしい夏の風が吹いてきて、いっせいに馬の耳がその風に吹かれるのであるよ
語と文法
・きたり…「来たり」のひらがな表記 「たり」は存続の助動詞
・牧…牧場 草のある草原のようなところ
・三百…実数ではなくて、数が多いこと、「たくさん」の意味
・若馬…若い馬のこと
・耳吹かれけり…助詞の省略。「けり」は詠嘆の助動詞 「あるよ」「だなあ」などと訳す
句切れと表現技法
・2句切れ
・「たり」「けり」の音韻の統一
・初句のあと主格の助詞の省略
解説と鑑賞
明治39年作、与謝野晶子の牧場の馬を中心に夏のすがすがしい雰囲気を伝える風景詠。
杉並区の与謝野公園には、この歌の歌碑がある。
「三百の」の数
歌の中の馬の数を表す「三百の」は、実際に馬が3百頭いるのではなくて、数が多いということを表している。
実数ではない数字を使う例は他にも「百」や「八百」などがある。
参考:
「三百」の効果
三百頭の馬とすることで見えてくるのは、馬の数が多いということの他に、草原の広さがある。
「山」と相まって、多数の馬の群れがたむろする、広大な草原であることがおのずから想像できるであろう。
「三百」は馬の数だけではなく、そのように風景に広がりを与える効果がある。
「耳ふかれけり」の解釈
風は、馬の一部分ではなく全体を吹くが、「耳」とすることで、馬の身体の上部の先端を風が通り抜けることとなる。
また、この時の「耳」は風の影響を受けやすく、耳が立っているイメージになり、そこから群れの若馬の美しい肢体を思い浮かべることができる。
視点の移動
この歌には、言ってみれば、3つの場面の移動がある。
上の通り「夏の風」は空を想起させ、「山より」は風と共に空の下の山々、さらに三百以下は、草原が、馬の背景にある。
馬の群れから馬の耳
そしてさらに、三百頭の」馬の群れから、馬の身体の先端の一部分である馬の「耳」へと焦点が狭められていく。
もっとも広い空から馬の耳までを、その都度読み手の視点が導かれていく優れた手法を感じて味わいたいところである。
与謝野晶子について
与謝野晶子(1878〜1942)
明星派の代表的な歌人。旧姓と名前は鳳(ほう)晶子。堺市生れ。堺女学校卒。
与謝野鉄幹の妻。新詩社の雑誌「明星」で活躍。大胆な恋愛を歌った歌集「みだれ髪」で一躍名を知られるようになる。生涯で5万首もの短歌を詠んだといわれる。訳に「源氏物語」。