古泉千樫短歌代表作歌集『屋上の土』全作品 妻と原阿佐緒との相聞歌を含む初期―大正6年 - 短歌のこと

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古泉千樫短歌代表作歌集『屋上の土』全作品 妻と原阿佐緒との相聞歌を含む初期―大正6年

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古泉千樫の歌集は大変手に入れにくくなっているため、以下に『屋上の土』全作品を筆写したものを掲載します。
便覧や索引等にお使いください。なお、この掲載はテキストのみです。

千樫の代表作の解説、千樫の全歌集についての説明は古泉千樫の短歌代表作品50首 歌集『川のほとり・屋上の土・青牛集』抒情と平淡 歌の特徴にあります。
古泉千樫の短歌の特徴については古泉千樫の短歌の特色「歌を恋うる歌」岡野弘彦を参考にしてください。

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明治四十一年「郷を出づる歌」
皐月空(さつきぞら)あかるき国にありかねて吾はも去(い)なめ君のかなしも
日の光いのちもしぬに流らふる我家(わぎへ)の森に小鳥は啼くも
吹く風に椎の若葉の日のひかりうち乱りつつありがてなくに
背戸の森椎の若葉にあさ日てりひとり悲しも来(こ)し方おもへば
あかあかと空はあかるし足もとの黒き地面をみつめけるかも
椎わか葉にほひ光れりかにかくに吾れ故郷(ふるさと)を去るべかりけり
軒かげに大きくさがる蜂の巣のうつくしきだに今はさみしも
巣をいでてひとつ飛びたる熊蜂の翅(はね)きらきらと光りゆくかも
青葉照る昼の厩(うまや)のあかるさに雀来て居り秣槽(まぐさをけ)のなかに
桑畑のしげみにこもり桑の実のやや熟めるをば手につぶしつつ
君が目を見まくすべなみ五月野の光のなかに立ちなげくかも
はだしにてひとり歩めりこの国の露けき地(つち)をいつかまた踏まむ
ただ一人わが立ち聞けば草苅のをとこをみなの帰りくるこゑ
菖蒲葺く今日のあさけに家は出づわかき命をいとほしみつつ
草鞋はきてまなこをあげぬ古家の軒の菖蒲に露は光れり
家々にさつき幟のひるがへりしかしてひとり吾が去りゆくも
ふるさとをかくて吾が去る知るほどの少女がともとかくて別るる
みちの上に青葉洩る日のあざやかにわが思い出は悲しきものを
高き木を吹きゆすぶりし風のあと下草そよぎ胸のとよめき

明治四十一年「鉄橋」
うちとよむ大きみやこの入口に汽船(ふね)はしづかに入りて行くかも
汽船(ふね)ちかく大き工場(こうぢやう)見えきたり鉄のにほひのながれたるかも
たかだかと鉄橋見えてみやこべの大川の口に船つきにけり
とよみくる都の土を踏みそむるわが足うらに力のなしも
船にしてわれゑひけらしまひるまの都の土をふみつつもとな
ふむ足にこたへあらねば立ちとまり身をととのへて息づきにけり
大川の水のおもてを飛ぶつばめ軽きすがたのまがなしきかも

明治四十一年「煙塵」
塵けむるちまたに吾れは奔(はし)りきぬ君をかなしく出でてきたらむ
古里(ふるさと)を君もたしかに出でたりと思へるものをいまだ逢はぬに
相見ねば安からなくに何しつつ君はあるらむいまだ逢はぬに
別れゐて喘ぐこころの切なさは汝(なれ)にはわかじたよりだにせぬ
今はもよ君をおきてはありえぬをいかにしなるとも吾れ相あはむ
甕ふかく汲みたる水の垢にごりさびしき恋もわれはするか
うち日さす都に君も出でこしと思ひさだめて今日も待つかも
した心君を待ちつつここにしてとどまる電車八十(やそ)をかぞへぬ
わが待つやとどまる電車一つごとに人吐きゆけど似る人もなし
あまりにもおぼろなるかなと思へどもなほし待たれてせむすべもなし
思ひかね街(まち)の辻(つむじ)に立ちゐるとか行きかく行き立ちにけるかも
夕街の小路(こうぢ)をひとりいゆきつつまなぶた熱く涙いで来(く)も
行き違ひもしもや家に君来しと心さやぎていそぎかへりつ
うつしよにおほに従ひへだたりて今し悔(くや)しもとはのへだたり

明治四十一年「屋根の草」
あからひく日にむき立てる向日葵(ひまはり)の悲しかりとも立ちてを行かな
かりそめの病ひをやみて吾れ思ふつひに都に住みえざるかに
医師(くすし)がり行くべきものか夕日さす障子を見つつ一人臥(ひとりこや)るも
しきたへの枕べ訪ひくる人らみななつかしきかも一人病めれば
青潮に追風うけて走る帆のこころは張りつつ涙ながれぬ
夜のまに雨ふりけらし屋根ぬれて朝明(あさけ)涼しく秋づきにけり
窓さきの屋根の小草の白き実のひそひそ飛びて昼の静けさ
おぼろかに三月(みつき)は過ぎぬ八十国(やそぐに)のきほひどよめく都べにして
思ひ湧く大き都にせむすべのたどきを知らに昼ねするかも
為事(しごと)もとめ街を行きつつわが室(へや)のただに恋(こほ)しく帰り来にけり
都大路人満(み)ち行けどみち行く人らいささかもわれにかかはりはなし

明治四十一年「無一塵庵」
暑き日の夕かたまけて草とりと土踏むうれしこの庭にして
よき友にたより吾がせむこの庭の野菊の花ははや咲きにけり
夕庭に草とり終へて風呂に入りすがしこころは都ともなし
ここにして風呂は浴みつつ牛小屋の牛の匂ひもわれに親しき
むし熱き市路さまよひなりはひのたづき求むと日にやけにけり

明治四十一年「秋暁」
秋澄める大江の暁あかつきの遠つ国原に鶏(かけ)のかそけく
ゆく水に夜はながれて江の尻ゆあかつきの光さやにおこれり
暁はやく大江のふちの露ふみてこの国人ら通るこゑすも
滑らかに黙(もだ)に押しゆく大川のやまぬ流れに遠き世をおもふ
うつそみの水と流るる吾がこころ大川のべに行方知らずも

明治四十一年「信濃行」
富士見高原
わが来つる富士見高原秋ふかみ千草奇(く)しくも寂びにけるかも
ここにして飛騨のむら山たかだかにしろがねの雪かがやけり見ゆ
西方(さいほう)の飛騨の高山あかあかと夕べの空に浮びたるかも
おごそかに裳裾遠ひく八つが根のむらさき深く夜に入りにけり
富士見根の有明月夜さうさうと瀬の音は遠くひびきくるかも

蓼科山巌温泉
山の湯のともし火見ゆれあらかじめ待たるるごとく心はをどる
湯の宿のともし見え来し安まりにふりかへり見つ夜山八重山
ぬばたまの夜の色ふかくたたなはる群山が上を風とよもすも
湯の香匂ふ縁(えん)にいづれば夜の山を提灯(ともし)のぼり来(く)友にしあるらし
夜の山をひとりのぼりて今し来このわが友は雪袴はけり
のぼり来る灯(ほ)かげうれしくわが友の雪袴見ゆその雪ばかま
年久に思ひ恋ひにし蓼科の山のいでゆに今あみにけり
大地の遠代(とほよ)の底ゆ湧きいづる霊湯(くすゆ)あみをり星空に満つ
わがからだあふれながるる滝の湯のひびき現(うつ)しく夜はふけぬらし
蓼科の山の夜の湯にあみ居れば遠くひびかふ湯の川の音
ふかぶかと明けの光をたたへゐるこれのいで湯にひとり入りなむ
湯はしづかに満ちこぼれ居りひたりゐるわれのからだのすきとほり見ゆ
おのぢから満ちあふれをるいで湯のなか岩に枕きわが身親しも
あさぼらけいでゆをいでて秋ふかき蓼科山の草ふみゆくも

明治四十一年「秋海棠」
清澄山の谿谷をおもふ
杉村のあはひ洩る日のほがらかに秋海棠の花露にぬれたり
河鹿鳴く声はいづらやおもむろに秋海棠の花川にうつり見ゆ

明治四十一年「雑歌」
あかときのさ霧の庭におぼろかに桔梗のはな眼に入りきたる
向つ尾の杉の木ぬれを吹きし風庭草の花に落ちてそよげり
ふるさとの秋ふかみかも柿赤き山べ川のべわが眼には見ゆ
秋日和留守居たのしく柿の木にいくたび吾れはのぼりけらしも
さ夜ふかみ澄み渡る空の月に向ひ今更に思ふひとりあることを

明治四十一年「雑詠」
いささかの明地(あきち)によりて凧(たこ)あぐる子らなつかしむ今を忘れて
打日さす都の土を踏みそめてとよみしこころいつか消(け)につつ
霜けぶる谿間(たにま)に月の下とほみ燈(ともし)見え来しわが入らむ里
もやもやし大野のみどり色に立ち黄なるが中に日の沈む見ゆ
ひとり身の心そぞろに思ひ立ちこの夜梅煮るさ夜ふけにつつ

明治四十二年「寒夜」
ぬば玉の夜の厩に母がゆけば提灯を提(さ)げて吾もゆきにけり
提灯に手をかざしつつませの上ゆ首出す牛のまなこを見をり
夜おそく酔ひて帰らす父うへのなほしかすがにうしのこと問ふ
父うへの帰りおそきに父上の酒の上いひて母はなげかす
ゐろりの火赤く燃ゆれど母も吾も黙に入りがちにさ夜ふけにけり

明治四十二年「畑打」
山かげに畑打つ人に心うごき都かなしく吾なりにけり
夕山に来ゐる白雲安らけく汝が居るみればふる里おもほゆ
森のかげおほに暮れしを畑打ちや手もと小ぐらくなほ畑を打つ
畑打ちをともしみ居つつ暮れのこる山の日影に心いざよふ
畑打ちのおほに入りにし森のうちに灯現(うつ)しく夜になりにけり

明治四十二年「海辺の夕暮」
宵くらき砂丘のかげに一人居り海のひびきのはるけくよしも
ただひとりこの夕浜の砂にゐて砂のぬくもりを手にもてあそぶ
おのづからあはれになりて夕浜の石に静かに身をふせにけり
軟かにわがほに吹けり月白(つきしろ)のにほひただよふ海の上の風
海は暮れて西少し明かく遠長き砂浜おほに浪寄する見ゆ
宵闇み踵返せば来し方の浜びに赤く火が燃ゆる見ゆ
焚火する海人(あま)らがむれにこの日頃面知りそめし海人も交れり
あかあかと燃ゆる焚火に手をかざし安き心に吾がなりにけり

明治四十二年「帰省」
ま昼のあかるき村を帰るにもためらはれぬる胸のさびしみ
帰りきて坂に我が見るわが家はまだ灯もささず日は暮れたるに
いましがた田ゆ帰りしと軒闇に母が立たすに我が胸せまる
たそがるる向ひの田道牛ひきて父にしあらし今帰ります
村人ら植付前のいそがしくはたらくらしもわが父母も
かぎろひの日も暮れたらば町のあたり出でて見まくとひとり思ひつつ
椎欅樫の大樹に月おしてり陰おほき庭かなしかりけり
大庭の月夜木の暮影ふかみひとり下りたち物思ふ吾を

明治四十二年「夕棚雲」
吾からと別れを強(し)ひし心もてなにに寝らえぬ夜半のこほろぎ
ひそひそとなくや蟋蟀(こほろぎ)ひそかにはわが鋭心(とごころ)はにぶりはてしも
さ夜ふかくなくやこほろぎ心ぐし人もひそかにひとり居(を)るらし
玉くしげふたたびあはばをの子わが正名(まさな)はあらじあらずともよし
かぎろひの夕棚雲のこころながくながく待つべみ君のいひしを

明治四十三年「合歓の花」
川隅の椎の木かげの合歓(ねむ)の花にほひさゆらぐ上げ潮の風に
たもとほる夕川のべの合歓の花その葉は今はねむれるらしも
夕風にねむのきの花さゆれつつ待つ間まがなしこころそぞろに
夕川を上げ潮の香のかなしきに心はもとな君がおそきに
ねむの花匂ふ川びの夕あかり足音(あおと)つつましくあゆみ来らしも
うつぶしに歩み来につつたまゆらに吾(あ)れにむけつるかがやく目見(まみ)を
夕あかり合歓の匂ひのあなにやしわれに立ち添ふ妹がすがたを
かくしつつすべなきものかねむの花のしなひ匂へる手をとりにつつ

明治四十三年「土」
雨ひと日春あたたかみいち早くも水は止(と)むると堅田畔(かただくろ)塗る
雨あがり春日てるなべなま畔(くろ)のつやつや光り陽炎の立つ
小山田の畔塗りしかば畔のべの水のにごりに春くぐもれり
夕かけて麦まきをはり畑裾に立ちてながむるその夕畑を
わが父もながめ居るらし麦蒔きて土あらたなる畑の上の月

明治四十三年「夕影」
夕早く帰るべかりしを厩には馬は人待ち飼葉もあらず
刈草のはつか残れるうまや戸に夕日片さし蠅二つ三つ
宵草を刈りおくべみとおり立ちて鎌とぐからに心はすがしも
暮るる野の草はらの上にひとところ日影映り居り野は沈みゆく
かぎろひの夕露しづむ野にひとりあくがれ心われ草を刈る

明治四十三年「祭りのあと」
祭あとの物のちらばり目に立てる畳のうへに秋の日のさす
祭りすぎて窓の障子のあかるきに蠅も目につく今日のさびしさ
おのづから野を思ふこころ祭すぎて野に出づる道の曼珠沙華の花
祭あとの物のをさめにをみならは猶のこり居り一人野に出づ
秋はれの野にいそしむと吾が心いまだ落ち居ず祭の疲れに

明治四十三年「雨の道」
五月初め諸友と鹿野山に遊び山上より帰途一人別れて故郷に入る
山の上の青草原に雲脚の暗みあかるみふりいでにけり
相さかる友を見かへり立ち居るに耳に入りくも草野雨の音
ふり来ぬと青葉若葉にふる雨にぬれつつ行かく涙甘(うま)しも
山々は萌黄(もえぎ)あかるく雨けぶり下り坂路のここは小暗き
ふる雨に木々の青葉のうちゆるるこの山坂をひとり下(お)りゆく
木苺のいまだ青きをまがなしみ噛みてぞ見つる雨の山路に
雨けぶる山路下(お)りきてこの里に小田すく牛を見れば悲しも

明治四十三年「雑歌」
餅搗くと大きかまどに焚きつくる榾火は匂ふこのあかときを
八臼つき甑(こしき)かはりめを外に立てば霜いちじろく夜は明けにけり
みよりべに妻と二人し行くみちに心あやしく我家こひしき
秋の日のひかり黄色に沁み照れる浅茅が原にこほろぎのこゑ
昼の野になくやこほろぎほろほろに父母の手にすがらまくすも
世に背(そむ)くかなし恋ゆゑこもりのみなげきすぎなむ吾(あ)れが一生(ひとよ)は
風さわぐ庭の落葉のわがこころものに散りつつ吾に添はずも
植込の木の霜しづれ日のよきに心をなごみ今日し家居り

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