現代短歌

マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや 寺山修司短歌代表作品

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寺山修司の有名な短歌代表作品「マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや」の現代語口語訳と句切れ,表現技法、解釈などについて解説します。

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マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや

作者:
寺山修司 『空には本』

現代語訳:

マッチを擦ったほんの少しの間の明かりで、海には深い霧が立ちこめている。私が命を捨てるほどの祖国はあるのだろうか

語の意味と文法解説:

マッチ擦る…「を」の目的格の助詞が省略
つかのま…「束の間」の平仮名の表記
ふかし…「深い」の文語 基本形は「深し」の形容詞
身捨つる…「身を」の「を」が省略 「捨つる」は「捨てる」のウ音便。
ありや…「や」は反語

ウ音便とは?
発音の便宜によって語中・語末で起こった連音変化のこと。

表現技法と句切れ:

3句切れ  「深し」は基本形。
「や」は 反語で、疑問を示しながら否定する表現。ここでは終止形の後につけている。
意味は「あるだろうか…いや、ない」

解説と鑑賞

暗い海辺で、マッチを擦ったその明かりに海に霧が深く立ち込めていることが一瞬見える。その情景が幾重も定まらない作者の心と重なり、心の深くにある「祖国」への疑念をあぶりだす。

祖国というアイデンティティを示す言葉を用いて、それを意識しながら、その疑念を呈することで、作者の孤独とある種のニヒリズムを、灯りに見える波止場の風景のように、読み手の心に浮かび上がらせる。

寺山修司の父は戦死しており、亡くなった父を詠んだ短歌は他にもあるが、多くの他の若者と同じようにではなく、自分と祖国の関係だけではなく、寺山の場合は「父の死の意味」をも含む問いでもあり、一層重いものともなっている。

寺山修司の盗作問題と短歌の虚構性

この短歌が 冨澤赤黄男 (トミザワカサオ) の 「一本のマッチを擦れば湖は霧」 を下敷きにしていることもまた、有名な話であるのだが、当時の歌壇はそれを容認はしなかった。

また、寺山修司の短歌には、実際はいない弟(寺山は一人っ子)が登場したり、生きている母が既に亡くなったものとして描かれるものがあり、実際にはいない兄の戦没を詠んだ平井弘と並んで短歌に虚構を持ち込むかどうかの論議となった。

塚本邦雄は、寺山の手法を肯定しており、この寺山の「山川呉服店」など、実在しない店を「詠み」、読者もそれを承知で鑑賞している。





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