教科書の短歌

君と見て一期の別れする時もダリヤは紅しダリヤは紅し 北原白秋

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君と見て一期の別れする時もダリヤは紅しダリヤは紅し

北原白秋の代表短歌作品の現代語訳と句切れ、表現技法と連作の背景について解説します。

君と見て一期の別れする時もダリヤは紅しダリヤは紅し」解説

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読み:きみとみて いちごのわかれ するときも だりやはあかし だりやはあかし

作者と出典

北原白秋 『桐の花』

現代語訳と意味

君と向かい合って最後の別れをするこの時もダリヤが赤いのが見える、ああダリヤは赤い。

語句の意味と文法解説

・君と見て…「見る」はここでは向かい合って互いを見るという意味と思われる

・一期…読みは「いちご」。意味は「最後の」の他、「一生に一度しかないようなこと。一生にかかわるようなこと」

・紅し…形容詞の基本形

句切れと修辞・表現技法

・4句切れ

・反復

 

解説と鑑賞

北原白秋 歌集『桐の花』にある一首。

副題「花園の別れ六首」の中の最初の歌。

一首の意味

一首の意味は、一首を単独で鑑賞する場合は、自分たちにこのような悲しみが訪れているこの時にも、ダリヤは常と変わらず美しいという意味が穏当と思われる。

「ダリヤは赤しダリヤは紅し」の反復は、思いの強さと激しさを表しているのだろう。

また、流動するような心の抽象性を、ダリヤの花という具体的な物に置き、そのただ一点に集中させるという効果がある。

一首の構成

場面を映像的に重い浮かべると、まず、別れを悲しむ向かい合う男女がいる。

カメラはややそこから遠ざかり男女の姿がぼけて映り、そのあとにダリヤの赤い花が映り、すぐに花がアップになる。

短歌は絵というよりも、縦書きの場合上から順に読んでいくので、その通りに読み手の心の中に場面が動画的に浮かぶようになっており、歌を詠む方はそのように意識して一首を構成する。

31文字と一瞬に読み下せるような短い一分の中にも時間の順序と流れがある。

花園の別れ六首

一連の歌は

花園の別れ六首

君と見て一期の別れする時もダリヤは紅しダリヤは紅し

君がため一期の迷ひする時は身のゆき暮れて飛ぶここちする

哀しければ君をこよなく打擲すあまりにダリヤ紅く恨めし

紅の天竺牡丹ぢつと見て懐姙(みごも)りたりと泣きてけらずや

身の上の一大事とはなりにけり紅きダリヤよ紅きダリヤよ

われら終に紅きダリヤを喰ひつくす虫の群かと涙ながすも

 

一連をもう少し深く鑑賞していく。

 

歌の背景

北原白秋は隣の家の人妻俊子と知り合う。俊子は夫に暴力を受けるなど不遇の身の上で白秋が同情を感じたのが始まりだったようだ。

やがて、俊子は家出して転居先の白秋を訪ねて深い関係になった。

離婚前の夫は白秋を姦通罪で訴えるところとなり、このあと、白秋は逮捕されて未決監に拘留されるところとなる。

 

「紅きダリヤ」の象徴するもの

一連6首のうち、5首に赤いダリアとその別名の天竺牡丹が詠み込まれ、そのイメージが連作を通底するイメージとなっている。

1首目は「ダリヤは紅しダリヤは紅し」、そして、再度5首目に「紅きダリヤよ紅きダリヤよ」が語順と内容を変えて配置されている。

2首を並べてみてみると

君と見て一期の別れする時も ダリヤは紅しダリヤは紅し

身の上の一大事とはなりにけり 紅きダリヤよ紅きダリヤよ

「一期の別れ」の上句に相当する部分が、「身の上の一大事」であり、それに従って下句のダリアが上記のように変わっている。

「別れ」の契機となったのは、おそらく人妻の俊子の方が夫に、「別れなければ姦通罪で訴える」などと言われたので、別れを余儀なくされて。このような場面になったと思われる。

歌はそれを明らかにはしていないが、単に悲恋とその別れの場面ということにはとどまらない。

この時に一番の作者の関心と問題は、やはり「身の上の一大事」、つまり「夫に訴える」と言われたことであったろう。

しかしそれは詩的な言語で歌に入れられるようなことではない。

5首目の「紅きダリヤ」は、その代替物としておかれているともいえる。

短歌を離れてももはや作者にも語る言葉はなかったのだろう。

こころの混沌とした状態

他にも、白秋が相手を「打擲す」という場面があったり、相手が妊娠したといったような場面もある。

「懐姙(みごも)りたりと泣きてけらずや」というのは、「そういって泣いたのではなかったか」という意味の表現となる。

はっきりと「言った」と言っているのではなく、婉曲的なニュアンスを含むものとなっているが、おそらく作者が相手にそう言って詰め寄ったものかもしれない。

「お前はそういったではないか」。そうして相手を打擲する。

単に相手への恋情と別れのつらさや、相手への美しい愛情だけを詠った歌ではない。

ダリヤの他の短歌

ダリヤはこの時代はなじみの薄い外来種で色も濃く、どちらかというと奇異な印象を持つ花として詠まれていることが多い。

同時代の斎藤茂吉の歌にも、狂人と取り合わせたダリアの歌がある。

ダアリヤは黒し笑ひて去りゆける狂人は終(つひ)にかへり見ずけり

白秋には他に

狂人(きちがひ)の赤き花見て叫ぶときわれらしみじみ出て尿いばりする

があり、相互の影響もうかがえる。

この歌の解説記事:

ダアリヤは黒し笑ひて去りゆける狂人は終にかへり見ずけり解説

 

北原白秋の他の教科書の短歌解説

草わかば色鉛筆の赤き粉のちるがいとしく寝て削るなり

昼ながら幽かに光る蛍一つ孟宗の藪を出でて消えたり

時計の針IとIとに来るときするどく君をおもひつめにき 

寂しさに海を覗けばあはれあはれ章魚(たこ)逃げてゆく真昼の光

大きなる手があらはれて昼深し上から卵をつかみけるかも

北原白秋について

北原白秋 1885-1942 詩人・歌人。名は隆吉。福岡県柳川市生まれ。早稲田大学中退。

象徴的あるいは心象的手法で、新鮮な感覚情緒をのべ、また多くの童謡を作った。

晩年は眼疾で失明したが、病を得てからも歌作や選歌を続けた。歌集「桐の花」「雲母集」他。

―出典:広辞苑他







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