金葉和歌集の代表作一覧と現代語訳  

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金葉和歌集の代表作一覧と現代語訳

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金葉和歌集は八代集の一つ、4番目にあたる勅撰和歌集です。

金葉和歌集から有名な和歌とや教科書に掲載された作品を現代語訳付き、作者別に一覧にまとめます。

金葉和歌集とは

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金葉和歌集は、1124年に成立した八代集の5番目にあたる歌集です。

八代集は平安時代中期から鎌倉時代初期にかけて撰集された8つの勅撰和歌集の総称をいいます。

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八代集の順番

名称 読み方 天皇 選者 成立年
古今和歌集 こきんわかしゅう 醍醐天皇 紀貫之他 905年
後撰和歌集 ごせんわかしゅう 村上天皇 清原元輔 951年以降
拾遺和歌集 しゅういわかしゅう 花山天皇 花山天皇他 1006年
後拾遺和歌集 ごしゅういわかしゅう 白河天皇 藤原道俊 1086年
金葉和歌集 きんようわかしゅう 白河院 源俊頼 1124年
詞花和歌集 しいかわかしゅう 崇徳院 藤原顕輔 1151年
千載和歌集 せんざいわかしゅう 後白河院 藤原俊成 1188年
新古今和歌集 しんこきんわかしゅう 後鳥羽院 藤原定家他 1205

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金葉和歌集の読み

読み方は「きんよう」和歌集です。

金葉和歌集の意味は「すぐれた和歌の集」。

「葉」は「万葉集」もそうですが、 「重ね継ぐ世。時代」の意味があります。

「金」は「値打ちのあるもの」を指し、優れた作品の和歌集という意味です。

略して「金葉集」とも呼ばれます。

金葉和歌集の撰者

白河院の命により、源俊頼が編纂、選にあたりました。

拾遺和歌集と天皇

和歌集の作成を命じたのは白河院とされています。

白河天皇は金葉集の前には、後拾遺和歌集を藤原道俊に命じて作らせています。

天皇の命によって作成された和歌集のことは勅撰和歌集といわれます。

金葉和歌集は平安後期の勅撰和歌集です。

金葉和歌集の成立と時代

金葉和歌集の成立は、1124-1126年に編纂がなされ、成立は後者の1126年と言えます。

金葉和歌集は、最初天治元年(1124)に撰集を終えて奏覧。

しかし白河院が好まず返却され、その後、天治2年(1126年)に再度編纂した二度本、次が、を奏覧したが、これも上皇の意にそまず返却。

大治元年(1126)に三奏本が制作されました。

三奏本は上皇に奏覧した本の系統しか残っておらず、現在金葉和歌集とされるのは上のうちの二度本が用いられています。

金葉和歌集の時代

世紀は11世紀後半。

時代は平安時代後期にあたります。

金葉和歌集の特徴

金葉和歌集の歌の数は約720首。

全10巻の構成であり、10巻構成の勅撰集は『金葉和歌集』と『詞花和歌集』のみでめずらしい構成で、藤原公任撰の『拾遺抄』にならったためと伝えられています。

連歌や付載歌も含められ、自由で明快な表現が特徴にあげられます。

金葉和歌集の代表歌人

  • 白河院
  • 藤原公実 (きんざね)
  • 藤原顕季 (あきすえ)
  • 紀貫之
  • 源俊頼

などが代表的な歌人です。

金葉和歌集の作品と現代語訳

金葉和歌集の和歌作品で主に教科書に取り上げられたり、有名でよく知られている作品は以下の作品です。

大江山いく野の道のとほければまだふみもみず天の橋立

読み:おおえやま いくののみちの とおければ まだふみもみず あまのはしだて

作者と出典

小式部内侍(こしきぶないし)

百人一首 『金葉和歌集』

現代語訳:

大江山を越えて、生野へとたどっていく道が遠いので、私はまだ天の橋立を踏んでみたこともなければ、母からの手紙も見ておりません。

解説記事:
大江山いく野の道のとほければまだふみもみず天の橋立 小式部内侍

 

梢には吹くとも見えで桜花かをるぞ風のしるしなりける

読み:こずえには ふくともえみえで さくらばな かおるぞかぜの しるしなりける

作者と出典

源俊頼(みなもとのとしより) 金葉集59

現代語訳

梢に風が吹いたとも見えないのに、桜の花の香があたりに漂う、それこそが風の吹いている証であったよ

 

山桜咲きそめしより久方の雲居に見ゆる滝の白糸

読み:やまざくら さきそめしより ひさかたの くもいにみゆる たきのしらいと

作者と出典

出典: 金葉和歌集 50

作者:源俊頼(みなもとのとしより)

現代語訳と意味

山桜が咲き始めた時から 山の景色は大空にかかる 滝の白い流れに見えることだ

 

露しげき野辺にならひて きりぎりすわが手枕のしたに鳴くなり

読み:つゆしげき のべにならいて きりぎりす わがてまくらの したになくなり

作者と出典

前斎院六条(待賢門院堀河)

金葉集218

現代語訳

露深い野辺に住み慣れているのできりぎりすは私の手枕の下で鳴いているのですよ

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長からむ心も知らず黒髪の乱れてけさは物をこそ思へ 待賢門院堀河

 

人知れぬ思ひありその浦風に波のよるこそ言はまほしけれ

読み:ひとしれぬ おもいありその うらかぜに なみのよるこそ いわまほしけれ

作者と出典

藤原俊忠 ふじわらのとしただ

出典:「金葉集

藤原俊忠は藤原俊成の父、藤原定家の祖父に当たる歌人です。

現代語訳と意味

人知れぬ恋の思いが私の胸にある。有磯の浦風に波が寄るその夜にこそあなたに思いを告げたいよ

解説記事:
人知れぬ思ひありその浦風に波のよるこそ言はまほしけれ 藤原俊忠

 

夕されば門田の稲葉おとづれて芦のまろ屋に秋風ぞ吹く

作者と出典

源経信

金葉集173

現代語訳

夕方になると吹く秋風は門田の稲葉に音を立てて訪れては葦で作った仮小屋の中まで吹き入って来る

 

逢ふと見てうつつのかひはなけれどもはかなき夢ぞ命なりける

作者と出典

藤原顕輔

金葉集354

現代語訳

あの人と結ばれる夢を見が実際のことでない、それでもこんなはかない夢が私の命であるよ

 

惜しめども四方の紅葉は散りはてて戸無瀬ぞ秋のとまりなりける

おしめども よものもみじは ちりはてて となせぞあきの とまりなりける

作者と出典

藤原公実

現代語訳

紅葉を惜しんでも今はすっかり散り終えてしまってこの戸無瀬は秋の終わりとなったことだ

 

白河院の和歌5首

金葉集には白河院の歌は5首あります。

ここからは、編纂を命じた白河院の和歌5首を紹介します。

おしなべて梢青葉になりぬれば松の緑も別れざりけり

作者と出典

白河院

金葉集96

現代語訳

こずえは皆ひとしく青葉が茂るようになって、松の緑も見分けがつかなくなったことだ

 

春霞たち帰るべき空ぞなき花の匂ひに心とまりて

読み:はるがすみ たちかえるべき そらぞなき はなのにおいに こころとまりて

作者と出典

白河院

金葉集180

現代語訳

春霞が立ち籠めて立ち帰ることができるない。花の美しさに心がひかれて

 

池水に今宵の月を映しもて心のままにわが物と見る

読み:いけみずに こよいのつきを うつしもて こころのままに わがものとみる

作者と出典

白河院

金葉集181

現代語訳

池の水に今宵の月を映してみてこの月も私の思いのままの私の物だと思って眺めている

 

ほととぎす松にかかりて明かすかな藤の花とや人は見つらん

作者と出典

白河院

金葉集18

現代語訳

ほととぎすが松の枝にとまって夜明かししたのだろう。藤の花かと人は見るだろう




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