見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ 藤原定家  

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見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ 藤原定家

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見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ

藤原定家作のこの和歌は、秋の夕暮れを詠う「三夕の歌」として古くから親しまれている歌です。

新古今和歌集の藤原定家の有名な和歌の解説と鑑賞です。

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見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れの解説

読み:みわたせば はなももみじも なかりけり うらのとまやの あきのゆうぐれ

作者

藤原定家 新古今和歌集 秋上363

 

見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れの現代語訳と意味

あたりを見渡すと、桜の花はもとより、紅葉の彩りすら目に触れないのだよ。漁師の仮小屋の散らばる浦の秋の夕暮れ

 

見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れの句切れと表現技法

この歌の修辞、表現技法は2つあります。

句切れ

・句切れ・・・3句切れ

体言止め

最後が「夕暮れ」で終わる歌は、「夕暮れ止め」と言われて他にも多くあります。

名詞で止めても「れ」のラ行の音が柔らかく余韻を残すものとなっており、この時代の歌人に好まれて用いられました。

以下に示す「三夕の歌」はいずれも体言止めである夕暮れどめを用いています。

 

語と文法

  • 「ば」……確定順接条件「~すると」
  • 「花」……和歌での「花」という植物は桜のことが多い
  • 「けり」……詠嘆の助動詞 「~だなあ・のことよ」などの意味
  • 苫屋(とまや)……苫で屋根をふいた、粗末な小屋のこと。ここでは、海辺にある漁師の小屋のこと。
    苫というのは、菅(すげ)・茅(ちがや)などで編んだものをいう。

本歌取り

この歌の「花と紅葉」の並列は、出典は『源氏物語』にあったという説が有力です。

藤原定家がそこから本歌取り、とは元が短歌ではないのでいえませんが、ぴったりくる言い回しとして、短歌に応用したようです。

はるばると物のとどこほりなき海面なるに、なかなか春秋の花・紅葉の盛りなるよりはただただそこはかとなうしげれるかげともなまめかしきに―『源氏物語』より

他に「花鳥風月」などという決まった言い方がありますが、つまり、「花と紅葉」もそれに似たように、「花ともみじ」の取り合わせでいくらか広まったらしく、他の歌人の和歌にも使われています。

しかしやはり、印象にもっとも強いのは藤原定家による本作品と言えるでしょう。

 

見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れの詳しい解説

新古今集の藤原定家の代表的な作品の一つ。

この歌は「三夕の歌」の一首として有名です。

「三夕(さんせき)の歌」というのは、新古今集所収の「秋の夕暮れ」を結句において結びとした3首の名歌を呼ぶ呼び名です。

さびしさはその色としもなかりけり槙(まき)立つ山の秋の夕暮れ
-寂蓮(じゃくれん)法師

意味は

この寂しさは特に秋めいた色も含めて、どこからというわけでもないことだ。真木の生い立つ山の秋の夕暮れよ。

 

心なき身にもあはれは知られけりしぎ立つ沢の秋の夕暮れ
-西行法師

意味は

あわれなど解すべくもないわが身にも、今それはよくわかることだ。鴨の飛び立つ沢辺の秋の夕暮れに

 

そしてこの定家の歌を合わせて三つまとめて「三夕の歌」と呼ばれて、古くから親しまれている、それが「三夕の歌」なのです。

※それぞれの解説記事は

 

背景

詞書に「西行法師が私にすすめて百首の歌を詠ませたときに(詠んだ歌)」との説明がある通り、西行法師の勧進による「二見浦百首(ふたみがうらひゃくしゅ)」文治二年〈1186〉という歌集の中の一首です。

「二見浦百首」とは伊勢神宮に奉納するために詠まれており、その100首の歌の中の代表作となります。

 

歌の情景

この歌は、秋の寂しさ、わびしさを詠ったものなのですが、華やかな春の花である「桜の花」や鮮やかな色どりを連想させる「もみじ」の両方ともが使われているというところに工夫があります。

歌の意味では、「花も紅葉もない」というものなのですが、3句で「なかりけり」と打ち消されるにせよ、いったん提示されたものの効果は強いです。

この歌の情景は、何も華やかな物がないわびしく寂しい小屋があるだけの水辺です。

言ってみればモノクロームのような情景なのですが、そこにないはずの「花」や「紅葉」が出てくるところに、大きな工夫があります。

「ない」「ない」と言いながら、花や紅葉が並べられていく。

そして3句の句切れで、5文字丸々を使って「なかりけり」と念を押すように三句切れで留めます。

その後に小休止があり、その間を置いている間にもその華やかな像は残り続けます。

その残像に代わるように、「浦の苫屋」=海辺の粗末な小屋がそれに置き換えられていく、写真のスライドで情景がすり替えられていくような動画的効果があるのです。

見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れの場所はどこか

ここまでの説明でわかるように、この歌に詠まれているのは海辺の砂浜で、「二見浦百首」のタイトルの通り、二見浦で詠まれたか、または、二見浦のような海辺を想定して詠まれたと考えられます。

実際の二見浦(ふたみがうら)は、三重県伊勢市二見町の今一色から立石崎に至る海岸を指す地名です。

 

作者の思いと表現のポイント

藤原定家は官能的で華やかな歌に特徴があります。

対して、この歌の目指すところは、華やかな世界に対照させたもの寂しくうら悲しい情景です。

作者の表そうとした思いは、この時代の風潮、中世の美意識である「わびさび」の世界だとの説があります。

この歌の場合、さらに中世的な美意識を代表する歌としても捉えられることが多い。すなわち華麗なものを一切そぎ落とした世界の美しさで、わび茶などにも繋がる世界とされる。--『藤原定家』村尾誠一より

そのいわゆる「わびさび」の美しさを表すために、最初に花や紅葉が置かれているとして、

その場合、全く最初から何も華やかなものがない風景を考えるのではなく、一度詠まれた花やもみじの華麗な印象を打ち消されながらも残るという、残像効果を前提とした美の複雑なあり方を考えるのが普通である。それこそが中性的美の本質であり、それをいち早く表現し得た作品がこれであり、若い天才の手柄として考えるのである。(同)

 

とこの作品が高く評価される理由が説明されています。

藤原定家の表そうとしたものは、この「わびさび」の美意識です。

美しい景色ではなくて、むしろ地味な風景にこそ感じられる「美」に美しさを見出し、それを表したいとするのが藤原定家の美への強い思いなのです。

 

藤原定家の和歌の解釈

ここからはこの歌の様々な解釈について記します。

「花も紅葉もなかりけり」の効果について

塚本邦雄は「花も紅葉もなかりけり」の効果について説明しています。

「花も紅葉もなかりけり」--「ない」と言ったから「ある」と強調されたよりもはるかに強烈に、花と紅葉のイメー

ジが私たちの心のなかに浮かんでくる。それがこの歌の一番の特徴であり、一番の命です。(中略)

「なかりけり」という恐るべき打消し、この打消しが、肯定よりもはるかに強いということです。--塚本邦雄 『新古今集新論』

さらにこの歌の解釈の違いについて、斎藤茂吉があげた本居宣長他の評を記します。

「なかりけり」の意味

本居宣長の解釈では、結句の「けり」に疑問があると言います。

「「けり」といひては、上句、さぞはなこうようなどありて、おもしろかるべきところと思ひたるに、来て見れば、花紅葉もなく何の見るべき物もなきところにてありけるよ。という意なりければなり」- 出典:「美濃の家つと」京都大学デジタルアーカイブより

その際の意味は、「おもしろくないところだ」というところに、「けり」の詠嘆があるということになります。

本居宣長は、続けて

そもそも浦の苫屋の秋のゆうべは花も紅葉もなかるべきはもとよりの事なれば、今更なかりけりと歎ずべきはあらざるをや
つまり、詠むほどのことではないものを詠んでいる、なので、この歌の表し方が下手だという結論となります。(同)

と述べています。

「花も紅葉」

他に石原正明の下の説、

一首の意は、裏の苫屋の秋の夕暮を見わたせば、花紅葉のことも忘れて哀れにをかしき景色ぞとなり。俗にいはば、花も要らぬが、紅葉も要らぬというほどのことなり。しか、心うつす趣は、詞のうえにはなけれど、裏の苫屋の秋の夕暮れといえる哀れなるさま言外に浮かびて見ゆるなり」-出典:「尾張の家づと」愛知県図書館

要は、風流な景色なので、花やもみじがなくても、それだけでよいというのです。

季節はいつか

石原正明はこの歌の季節について

しかし、この歌は七月か八月の夕暮の景色であるから、花無きはもちろんんおこと紅葉も未だ染めあへぬほどの時である

として、この歌は、現代でいうなら、今の夏、七月か八月なので紅葉はまだ見えない、そう述べているのです。

ただし、私たちが「秋の夕ぐれ」から思い浮かべるものは、やはり、秋、つまり、どう考えても、早くても9月かそれ以降の事と思われます。

なぜ、「七月説」が出たのかは疑問なところと言えます。

 

藤原定家の他の短歌

来ぬ人を まつほの浦の 夕なぎに 焼くや藻塩の 身もこがれつつ
--(百人一首)

春の夜の夢の浮橋とだえして峰に別るる横雲の空

梅の花匂ひをうつす袖の上に軒もる月の影ぞあらそふ

駒とめて袖うちはらふかげもなし佐野のわたりの雪の夕暮れ

帰るさのものとや人のながむらん待つ夜ながらの有明の月

--(新古今和歌集)

山櫻心の色をたれ見てむいく世の花のそこに宿らば

桜色の庭の春風あともなし問はばぞ人の雪とだに見む

春をへてみゆきになるる花の陰ふりゆく身をもあはれとや思ふ
--(拾遺愚草)

 

作者藤原定家について

藤原定家は、日本の最も代表的な歌人の一人とされています。

自ら歌を詠むだけではなくて、百人一首を編纂した功績も大変大きいです。

藤原 定家(ふじわら の さだいえ/ていか)は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての公家・歌人。読みは「ていか」と読まれることが多い。日本の代表的な新古今調の歌人。『小倉百人一首』の撰者。作風は、巧緻・難解、唯美主義的・夢幻的と言われている。




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