万葉集

万葉集の雪の短歌・和歌一覧 柿本人麻呂,大伴家持,大伴旅人,高市黒人他

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万葉集の雪を詠んだ和歌にはどのようなものがあるでしょうか。

万葉集には雪を詠んだ短歌がたいへん多く、150~200首はあるといわれています。

その中からもっとも代表的な大伴家持と山部赤人の和歌や、その他優れているとされるものを、斎藤茂吉選出の『万葉秀歌』より一覧にしてみました。

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万葉集の雪を詠んだ和歌代表作

万葉集の雪を詠んだ和歌で代表作ともいうべき有名なものは。まず下の三つを上げておきます。

田子の浦ゆうち出でて見れば真白にぞ不尽の高嶺に雪は降りつつ  山部赤人

新しき年の初めの初春の今日降る雪のいやしけ吉事 大伴家持

わが背子と二人見ませば幾許(いくばく)かこの降る雪の嬉しからまし 光明皇后

一首目の山部赤人の作品は、百人一首にも収録されており、その頃の時代においても 高く評価をされていました。

二首の大伴家持の歌は、万葉集の最後に置かれた作品です。

また光明皇后の三首目は、万葉集にもそれほどみられない、夫婦愛を詠ったものとして有名なものです。

上の三首の詳しいところは、それぞれの解説ページにてご覧ください。

万葉集の雪の和歌 代表作解説ページ

田子の浦ゆうち出でてみればま白にぞ富士の高嶺に雪は降りつつ/山部赤人/万葉集

新しき年の初めの初春の今日降る雪のいやしけ吉事/大伴家持/万葉集解説

わが背子と二人見ませば幾許かこの降る雪の嬉しからまし『万葉集』光明皇后

雪の現代短歌と近代短歌

その他の雪の短歌一覧は

雪の短歌 北原白秋,穂村弘,俵万智,寺山修司,笹井宏之他
雪を詠んだ和歌 斎藤茂吉,石川啄木,与謝野晶子,島木赤彦




万葉集の雪を詠んだ他の和歌

万葉集の雪を詠んだ他の和歌より、斎藤茂吉が優れているとした歌は下の歌の数々です。

わが里に大雪降れり大原の古りにし里に降らまくは後 〔巻二・一〇三〕 天武天皇

現代語訳:
私の里に大雪が降った。そなたの住む古びた里にはこれから雪が降るだろう

わが岡のおかみに言いひて降らしめし雪きの摧し其処に散りけむ 〔巻二・一〇四〕 藤原夫人

現代語訳:
この雪はわが大原の神に頼んでわたしが降らせた雪なのですが、その雪がそちらにも降ったことでしょう

 

ふる雪はあはにな降りそ吉隠の猪養の岡の塞なさまくに 〔巻二・二〇三〕 穂積皇子

現代語訳:
お墓に眠る但馬皇女が寒いだろうからそんなに降らないでくれ

 

矢釣山木立こだちも見みえず降り乱みだる雪に驟く朝たぬしも 〔巻三・二六二〕 柿本人麻呂

現代語訳:
矢釣山木立も見えないほど降り乱れる雪の朝は皆でこうして集まり騒げて楽しいことだ

妹が家に雪かも降ると見るまでに幾許(ここだも)まがふ梅の花かも(巻五・八四四)

現代語訳:
愛しい人の家に雪が降っているのかと思うまでに、梅の花が散っている

一目見し人に恋ふらく天霧(あまぎらし)零(ふ)り来る雪の消(け)ぬべく念ほゆ(巻十・二三四〇)

現代語訳:一目見た人に恋をすると、空を曇らせて降ってくる雪が消え入りそうに思われるのだ

かくしてやなほや老いなむみ雪ふる大あらき野の小竹(しぬ)にあらなくに(巻七・一三四九)

現代語訳:こんなふうに、ますます年老いてゆくのでしょうか。雪が降る大あらき野の小竹(しの)でもないのに

おほくちの真神(まがみ)の原に降る雪はいたくな降りそ家もあらなくに 〔巻八・一六三六〕 舎人娘子

現代語訳:
大口の真神が原に降る雪はひどく降らないでほしい。 宿る家もないのだから

沫雪のほどろほどろに零(ふ)り重(し)けば平城(なら)の京(みやこ))しおもほゆるかも 〔巻八・一六三九〕 大伴旅人

現代語訳:
淡雪がまだらに降りつづくと奈良の京が思われることだ

 

棚霧(たなぎらひ)雪も降らぬか梅の花咲かぬが代(し)ろに添へてだに見む(巻八・一六四二)

現代語訳:
一面に霧が立ち、雪でも降ってくれないでしょうか。梅の花が咲かない代わりに、雪を梅の花と見たてましょう。

みけむかふ南淵山の巌(いはほ)には落(ふ)れる斑雪(はだれ)か消え残りたる 〔巻九・一七〇九〕 柿本人麿歌集

現代語訳:
南淵山を見ると、先日降った雪であろうか、南淵山の巌(いわお)には班雪(はだれ)が消え残っている

あしひきの山かも高かき巻向(まきむく)の岸の子松(こまつ)にみ雪降り来る 〔巻十・二三一三〕 柿本人麿歌集

現代語訳:
巻向は高い山だろう。山のに生えている小松にまで雪が降って来る

まきむくの檜原もいまだ雲ゐねば子松が末(うれ)ゆ沫雪(あわゆき)流る 〔巻十・二三一四〕 柿本人麿歌集
現代語訳:
檜原に未だ雨雲が掛かっていないに、近くの松のこずえにもう雪が降ってくる

あしきの山道も知らず白橿(しらかし)の枝もとををに雪の降れれば 〔巻十・二三一五〕 柿本人麿歌集

現代語訳:
しらかしの枝がたわむほど雪が降っているので山道をどう行ってよいかわからない

 

吾が背子を今か今かと出で見みれば沫雪ふれり庭もほどろに 〔巻十・二三二三〕 作者不詳

現代語訳:
夫が来るのを今かと思って家から出て見とうら悲しいような、消え易いような、柔かい雪が降っている

つくばねに雪かも降らる否(いな)をかも愛しき児ろが布にぬ乾ほさるかも 〔巻十四・三三五一〕 東歌

現代語訳:
白く見えるのは筑波山にもう雪が降ったのか知ら、いやそうではなかろう娘が白い布を干しているのだろう

ふる雪の白髪までに大君に仕つかへまつれば貴くもあるか 〔巻十七・三九二二〕 橘諸兄

現代語訳:
雪のように髪が白くなるまで天皇にお仕えすることができたことは、ありがたいことである

めひの野の薄きおし靡(な)べ降る雪に宿借る今日し悲しく思ほゆ 〔巻十七・四〇一六〕 高市黒人

現代語訳:

ゆきの上うへに照れる月夜(つくよ)に梅の花折りて贈む愛しき児もがも 〔巻十八・四一三四〕 大伴家持

現代語訳:
雪の上に月が照っているきれいな夜に 梅の花を折って贈るような愛しい娘がいたらよいのに

 

この雪の消のこる時にいざ行ゆかな山橘の実の照るも見む 〔巻十九・四二二六〕 大伴家持

現代語訳:
この雪(ゆき)が消えてしまわないうちに行こう。山橘(やまたちばな)の実が照っているのも見よう

ふる雪を腰になづみて参り来し験しもあるか年のはじめに(巻十九・四二三〇)

現代語訳:
降る雪に腰まで埋まってやってきましたが、その甲斐がありました。年の初めに

御苑生(みそのふ)の竹の林に鶯はしば鳴きにしを雪は降りつつ(巻十九・四二八六)

現代語訳:
御庭園の竹の林には、もう鶯がしきりに 鳴いていたのに、今は雪が降っているのだ

 

以上、万葉集に雪の短歌のうち優れたものに、現代語訳をつけて記載しました。

気に入った歌がありましたら、それを参考にしながら、皆さんも雪の日には短歌を詠んでみてくださいね。







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