『伊勢物語』 初冠の和歌の解説、「昔、男初冠して」から始まる中にある「春日野の」「陸奥の」の意味と修辞、2首の共通点と相違点についてあらすじ、現代語訳と共にお伝えします。
『伊勢物語』 初冠の和歌 解説
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『伊勢物語』の 初冠の和歌は、第1段の「昔、男初冠して、平城の京、春日の里に〜」から始まる部分に含まれる有名な下の歌2首です。
春日野の若紫のすりごろも しのぶの乱れ限り知られず
陸奥のしのぶもぢずり誰ゆゑに乱れそめにし我ならなくに
この和歌の詳しい解説を記していきます。
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『伊勢物語』 初冠の和歌の作者
春日野の若紫のすりごろも しのぶの乱れ限り知られず
出典:伊勢物語
伊勢物語の作者ははっきりしていませんが、在原業平が考えられています。
また、主人公のモデルも在原業平だといわれています。
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『伊勢物語』 初冠の本歌の作者
陸奥のしのぶもぢずり誰ゆゑに乱れそめにし我ならなくに
2首目の和歌の作者は 河原左大臣 (かわらのひだりのおほいまうちぎみ)。
出典:百人一首14 古今集4恋四
最初の歌の和歌の作者は 上の歌に本歌取りをした在原業平とされています。
この歌の解説は下の記事でも読めます。
陸奥のしのぶもぢずり誰ゆゑに乱れそめにし我ならなくに 河原左大臣
『伊勢物語』初冠の和歌の訳
それぞれの現代語訳です。
陸奥のしのぶもぢずり誰ゆゑに乱れそめにし我ならなくに
現代語訳:みちのくの 摺り衣のしのぶもぢずりの模様のように、あなたではない他の誰のために心が乱れはじめる私ではないのに
春日野の若紫のすりごろも しのぶの乱れ限り知られず
現代語訳:春の野の紫草で染めた衣のしのぶもぢずりのではないが、あなたをしのぶばかりに心の乱れは限りもないものです
『伊勢物語』 初冠の和歌の意味
これらの和歌の意味を詳しく理解するには、伊勢物語の内容を知る必要があります。
伊勢物語 初冠のあらすじ
初冠(ういこうぶり)部分のあらすじは以下の通りです。
「初冠」とは
初冠(ういこうぶり)とは、貴族社会の男子の成人式のこと。
髪型を成年男子の髪型に改め、冠をかぶることからそのように名付けられました。
伊勢物語の主人公は、初冠を終えたばかり、つまり、成人したばかりの男性が主人公です。
「初冠」内容
初冠のあらすじは、主人公であるある男性が成人して、京都から奈良へ鷹狩りに行ったとき、若くて美しい姉妹を見て恋してしまい、その気持ちで心が乱れて、その場で着ていたしのぶずりの狩衣の裾を切って和歌を書いて贈ったというものです。
この和歌2首が此処で解説する2つの和歌になります。
その和歌を1首ずつ解説します。
初冠の和歌の意味1「春日野の」
春日野の若紫のすりごろも しのぶの乱れ限り知られず
の和歌の意味は、まずこれが詠まれたのが、狩の場である屋外であったこと、それが「春日野」です。
春日山や春日野は平城京の官人の野遊びの地でした。
男女両方が皆で狩りに出かけたイベントで男性は狩り、女性は野草を摘んだりしていたとされます。
すりごろもの意味
また、紫は高貴な人の身にまとう染め物の色で、紫の染料を採る紫草が生えているところは貴族の管轄であり、そこが同じく狩猟地でもありました。
なので、「春日野の若紫」となるわけですが、若紫というのは、歌を送った姉妹の比喩でもあります。
その「すりごろも」は紫草を使った着物で、主人公の男はこの着物を着ていたのです。
屋外で歌を書くものがなかったのでそれをさっとは破って、そこに歌を書いて渡した、その染め物の生地です。
その布地の染めの一種 「しのぶ」は染料として使われた「しのぶ草」のこと。
漢字は「信夫摺り」です。
「春日野」に続く「若紫のすりごろも しのぶ」という部分は、この染め物のことをいっているのです。
「しのぶ」の掛詞
またこの「信夫摺り しのぶずり」のしのぶは、「偲ぶ」の掛詞になっています。
偲ぶの意味は、心引かれて、思いをめぐらすこと。
つまり、「あなたに恋をしている」ということです。
序詞
春日野の若紫のすりごろも しのぶの乱れ限り知られず
さらにこの歌には序詞が使われており、「春日野の若紫のすりごろも 」の部分が序詞です。
このしのぶずりは模様を入れるためにまだらに染めてある。その模様のように心がそうなってしまった、と自分の恋心を視覚イメージとして表しているのです。
「あなたに恋したために心が乱れています」というのが、歌を送る目的の部分であり、それ以外は恋心を比喩的に表している部分です。
本歌取り
この歌は、次の歌の源融(河原左大臣)下の歌を本歌取りをして作られたとされています。
初冠の和歌の意味2「陸奥の」
陸奥のしのぶもぢずり誰ゆゑに乱れそめにし我ならなくに
もう一首相手に贈られたのがこちらの歌です。
「陸奥のしのぶもぢずり」の部分は上の歌と同じで、「しのぶずりのようなみだれた心」として、心を視覚イメージ化しています。
最初の歌と違うのは、2句までの12文字の簡潔な表現で、ここはやはり歌として優れています。
さらに、本歌取りされたこちらの方がメインですが、この方が強い印象を受けます。
それは「誰ゆえに」という部分です。
「誰ゆえに」の意味
もちろんこれは和歌を受け取った女性のことで、歌の意味は
誰だと思っていますか。他ならないあなたです。
ということです。思わず相手をドキッとさせるような名指しが含まれているわけです。
そして、「みだれてしまうような私ではないのに」と恋心が意に反して自分をつかさどっている、そのような思いの強い状態を表現しています。
「われならなくに」は歌の決まり文句ともいえる表現で、迂遠で品の良い言い回しでもあります。
初冠の和歌の修辞
2首のうたそれぞれの修辞と句切れについて比較します。
まず句切れについて比較すると
- 「春日野の」3句切れ
- 「陸奥の」2句切れ
二首の修辞をまとめると
- 「春日野の」 序詞・掛詞・縁語・比喩
- 「陸奥の」 枕詞・序詞・掛詞・縁語
「春日野の」の修辞
「春日野の若紫のすりごろも しのぶの乱れ限り知られず」の修辞、表現技法は
- 序詞・・・「春日野の若紫のすりごろも」
- 掛詞・・・信夫(しのぶ)―偲ぶ(しのぶ)
- 縁語・・・衣―乱れ 若紫―春日野
- 比喩・・・若紫⇒姉妹
「陸奥の」の修辞
「陸奥のしのぶもぢずり誰ゆゑに乱れそめにし我ならなくに」の修辞、表現技法は
- 枕詞・・・陸奥の
- 序詞・・・「陸奥のしのぶもぢずり」
- 縁語・・・乱れ そめ
- 掛詞・・・「そめ」は「初め」と「染め
- 倒置
縁語についてはこちらに解説しています。
初冠の和歌2首の共通点
- 2首ともが「しのぶずり」の染めを含む序詞を用いている
- どちらも「心の乱れ」に焦点を当てて染物の比喩を用いている
初冠の和歌2首の相違点
「春日野の」は実際にその布の実物があってそれに歌を添えたという点。
河原左大臣の方は、「陸奥のしのぶもじずり」は比喩のために持ち出したもので実物を詠んだわけではない。
「春日野の」の方は、在原業平の「ちはやぶる神代も聞かず竜田川からくれないに水くくるとは」を思い出させる。これは屏風を見て詠んだ歌・。
在原業平について
在原業平(ありわらのなりひら) 825年~880年
六歌仙・三十六歌仙。古今集に三十首選ばれたものを含め、勅撰入集に八十六首ある歌の名手。
「伊勢物語」の主人公のモデルと言われる。
在原業平の他の代表作和歌
から衣きつつなれにしつましあればはるばる来ぬるたびをしぞ思ふ
白玉か何ぞと人の問ひしとき露と答へて消えなましものを(古今851)
月やあらぬ春や昔の春ならぬ我が身ひとつは元の身にして(古今747)
名にし負はばいざ言問はむ都鳥我が思う人はありやなしやと(古今411)