春日野の若紫のすりごろもしのぶの乱れ限り知られず 在原業平の『伊勢物語』と新古今和歌集にも収録されている短歌の現代語訳と修辞法の解説、鑑賞を記します。
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在原業平の和歌
この歌の作者在原業平の和歌については 主な代表作は下の記事で読めます
伊勢物語のインデックスは下の記事からご覧ください
春日野の若紫のすりごろもしのぶの乱れ限り知られず
現代語での読み:かすがのの わかむらさきの すりごろも しのぶのみだれ かぎりしられず
作者と出典
在原業平(ありわらのなりひら)
・『古今和歌集』恋歌1 994
・「伊勢物語」の1段『初冠』
※在原業平については
在原業平の代表作和歌5首 作風と特徴
現代語訳と意味
春の野の紫草で染めた衣のしのぶもぢずりのではないが、あなたをしのぶばかりに心の乱れは限りもないものです
■在原業平の他の歌
世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし/在原業平/古今集解説
ちはやぶる神代も聞かず竜田川からくれなゐに水くくるとは 在原業平
句切れ
3句切れ
語と文法
- 春日・・・春日山や春日野は平城京の官人の野遊びの地
- 紫草・・・紫の染料を採るための草のこと 上の春日の地に栽培されていた
- すり衣・・・紫草を使った着物 歌の作者が来ていた着物を指す
- しのぶ・・・「しのぶ」は染料として使われた「しのぶ草」のこと。漢字は「信夫」
- 乱れ・・・着物の染め模様のまだらなことと作者の心の乱れの両方を指す
- 知られず・・・「ず」は打消しの助動詞で、「わからない」の意味
修辞
「春日野の若紫のすりごろも しのぶの乱れ限り知られず」の修辞、表現技法は
- 序詞・・・「春日野の若紫のすりごろも」
- 掛詞・・・信夫(しのぶ)―偲ぶ(しのぶ)
- 縁語・・・衣―乱れ 若紫―春日野
- 比喩・・・若紫⇒姉妹
解説
「伊勢物語」の1段「初冠」(ういこうぶり)」の最初の和歌。
※「初冠」のあらすじや原文の現代語訳については下の記事に詳しく書いています
この歌の本歌
この歌は河原左大臣の
陸奥のしのぶもぢずり誰ゆゑに乱れそめにし我ならなくに
を本歌としたもので、「初冠」には「といふ歌の心ばへなり」として、「その歌の趣向を踏まえたものである」と本歌取りをしたことが記されている。
本歌と違うのは、歌の「春日野の若紫のすり衣」がその時の状況に即したものであるという点。
作者は実際にこのしのぶずりで染めた着物を着ており、その布を破って、この歌を添えて相手に贈ったということになっている。
本歌取りをした理由
私があなたに心を引かれたので、恋心で気持ちがめちゃくちゃに乱れています。まるでこの着物のように
ということが歌の意味であり、また、それ以上に
「春日野の若紫のすり衣」
は、その相手に
春日野の若紫、ほら、あの紫草の生えていた春日にいらっしゃったでしょう、その時にお見かけしたのです。そのためそれ以来私はあなたに恋をしてしまった
という、相手を見初めた出会いについて相手に理解させるということがポイントであった。
本歌は作者も状況も違うため、そこにあえて「春日野の若紫のすり衣」を加えて別な歌とすることで、この時のメッセージとして機能できるように歌を作り変えたというのが作者の機転である。
さらに、ただ「お見初めしたのです」と恋心を告げるだけではなく、女性が興味をひかれそうな布地を贈って実際にそれを相手に見せ、その模様のような心」というのは、心を視覚化することによってそれだけ印象に強いものとなる。
昔は和歌を贈り合うことは常識であり、それほど珍しいものではなかったのだが、このように工夫をして歌=作者の心を裏付け、はっきりと印象付ける布の模様を添えたことで、女性もさぞ心を動かされたことは、十分に推測できる。
在原業平の歌人解説
在原業平(ありわらのなりひら) 825年~880年
六歌仙・三十六歌仙。古今集に三十首選ばれたものを含め、勅撰入集に八十六首ある。
「伊勢物語」の主人公のモデルと言われ、容姿端麗、情熱的な和歌の名手、色好みの典型的美男とされて伝説化された人物。
在原業平の他の代表作和歌
ちはやぶる神代もきかず龍田河唐紅に水くくるとは(古今294)
唐衣きつつなれにしつましあればはるばるきぬる旅をしぞ思ふ(古今410)
白玉かなにぞと人の問ひし時露とこたへて消(け)なましものを (古今851)
月やあらぬ春や昔の春ならぬ我が身ひとつは元の身にして(古今747)
名にし負はばいざ言問はむ都鳥我が思う人はありやなしやと(古今411)