万葉集

石見のや高角山の木の間より我が振る袖を妹みつらむか 柿本人麻呂

石見のや高角山の木の間より我が振る袖を妹みつらむか

柿本人麻呂作の万葉集の和歌の代表作品「石見相聞歌」の反歌の現代語訳、句切れや語句、品詞分解を解説、鑑賞します。

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石見のや高角山の木の間より我が振る袖を妹みつらむか

現代語の読み:いわみのや たかつのやまの このまより わがふるそでを いもみつらんか

作者

柿本人麻呂,肖像画

静神社の三十六歌仙より

柿本人麻呂 かきもとのひとまろ

出典

万葉集 215 「石見相聞歌

他の万葉集の歌人は→ 万葉集の代表的な歌人一覧まとめ

現代語訳

石見のなあ、高角山の高い山の基の間から私が別れを惜しんで振るこの袖を妻は今頃見ているだろうか

石見相聞歌の解説 表現技法と品詞分解 万葉集 柿本人麻呂

石見相聞歌は柿本人麻呂の代表作の和歌です。 石見相聞歌の意味と現代語約表現技法と品詞分解の解説と鑑賞を記します。

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語句と文法の解説

  • 石見のや・・・石見(いわみ)は地名 「や」は間投助詞で詠嘆
  • 高角山・・・江津市のほぼ中央部にある、牛の背のように連なる標高470mの山とされるがはっきりしていない
  • 妹・・・親しい女性を呼ぶ呼称
  • 見つらむか・・・
  • つらむ・・・「きっと…しているだろう」の意味
  • か・・・疑問の終助詞

品詞分解

石見
の・・・格助詞
や・・・間投助詞
高角山
の・・・格助詞

の・・・格助詞

より・・・格助詞
我・・・代名詞
が・・・格助詞
振る・・・4段 連体形

を・・・格助詞

見・・・上1段 連用形
つ・・・助動詞 強調 終止形
らむ・・・助動詞 現在水量 連体形
か・・・係助詞 疑問

 

句切れと修辞について

  • 初句切れ

 

鑑賞

柿本人麻呂の石見相聞歌と呼ばれる一連より、長歌の後の反歌の一首目

反歌とは

反歌とは長歌の終わりに詠み添えて、長歌の意味を締めくくったり、不足を補ったり、反復。圧縮して感情を高めたりするための歌。

※この歌の長歌の解説は

石見相聞歌の解説 表現技法と品詞分解 万葉集 柿本人麻呂

初句切れの構成

初句「石見のや」は初句切れ。

「石見のなあ」と始まるが、これが同時に妻に向けて変わる呼びかけと見てもいい。

袖を振る行為

袖を振る行為は、別れを惜しむ気持ちを表す動作をいう。

他に求愛の意味を込めた表現もある。

例:あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る 額田王

作者は亡くなった妻をここではまるで生きているかのように見て、その妻がもしかしたら見てくれるかもしれないと思って袖を振る。

亡くなった妻を思いきれない気持ちが込められており、その行為自体に妻への愛惜が表されており、胸を打つものである。

斎藤茂吉のこの歌の評

角の里から山までは距離があるから、実際は妻が見なかったかも知れないが、心の自然的なあらわれとして歌っている。そして人麿一流の波動的声調でそれを統一している。そしてただ威勢のよい声調などというのでなく、妻に対する濃厚な愛情の出ているのを注意すべきである。-出典:『万葉秀歌』斎藤茂吉著

この反歌の2首目の歌

笹の葉はみ山もさやにさやげども我は妹思ふ別れ来ぬれば 柿本人麻呂

石見国の場所

島根県西部(石見地方)の高角山公園には人麻呂の歌碑がある。

柿本人麻呂について

柿本人麻呂 (かきのもとのひとまろ)

飛鳥時代の歌人。生没年未詳。7世紀後半、持統天皇・文武天皇の両天皇に仕え、官位は低かったが宮廷詩人として活躍したと考えられる。日並皇子、高市皇子の舎人(とねり)ともいう。

「万葉集」に長歌16,短歌63首のほか「人麻呂歌集に出づ」として約370首の歌があるが、人麻呂作ではないものが含まれているものもある。長歌、短歌いずれにもすぐれた歌人として、紀貫之も古今集の仮名序にも取り上げられている。古来歌聖として仰がれている。

 

柿本人麻呂の代表作

東の野に炎の立つ見えてかへり見すれば月傾きぬ

磯城島の大和の国は言霊の助くる国ぞま幸くありこそ

大君は神にしませば天雲の雷の上に廬せるかも

あしひきの山川の瀬の響るなへに弓月が嶽に雲立ち渡る

近江の海夕波千鳥汝が鳴けば心もしのに古思ほゆ

天離る鄙の長道ゆ恋ひ来れば明石の門より大和島見ゆ

もののふの八十宇治川の網代木にいさよふ波の行く方知らずも

秋山の黄葉を茂み迷ひぬる妹を求めぬ山道知らずも

衾道を引手の山に妹を置きて山道を行けば生けりともなし

 

万葉集解説のベストセラー

万葉集解説の本で、一番売れているのが、斎藤茂吉の「万葉秀歌」です。有名な歌、すぐれた歌の解説がコンパクトに記されています。




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